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北朝鮮「女性教師に性上納」強要事件はこうして裁かれた

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮ではここ数年、綱紀粛正キャンペーンが繰り広げられている。その一つが「非社会主義現象の根絶」だ。当局が考える社会主義にふさわしくない行為を取り締まるもので、日常生活に影響が大きいこともあり、とかく庶民から評判が悪い。

同時に、幹部を対象にした不正腐敗行為に対する取り締まりキャンペーンも行われている。庶民からなけなしのカネを搾り取り、私腹を肥やす幹部を摘発するこの種のキャンペーンは、政権の人気浮揚策として様々な国で行われているが、北朝鮮庶民からの評価はさほど高くないようだ。

平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋は、最近起きた事件を伝えつつ、国内で「本当に腐敗を一掃できるのか」という疑問の声が上がっていると伝えた。情報筋が伝えてきた事件とは次のようなものだ。

平安南道の价川(ケチョン)市で3人の幹部が不正行為で摘発され、法務委員会にかけられた。

价川市保安署(警察署)2部の課長は、ワイロと引き換えに国境地域や平壌への旅行に必要な旅行証(国内用パスポート)を発行した容疑が持たれている。また、市党(朝鮮労働党价川市委員会)の党員登録課の課長は、女性教師に「党に入れてやる」と持ちかけ、ワイロに加え性上納を強要した容疑だ。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

一方、労働鍛錬隊(軽犯罪者を収監する刑務所)の関係者は、ワイロを受け取り受刑者の刑期を短縮した容疑が持たれている。

3人とも更迭された上で、労働鍛錬隊送りの処分が下された。

北朝鮮で、ワイロを受け取って便宜を図る行為はごくごく日常的に行われているが、情報筋は「これら腐敗行為への見せしめとして処罰された」とし、全国的に同様の動きが起き、不正行為を抑え込もうとしているとも見ている。

北朝鮮の金正恩党委員長は今年の新年の辞で、不正腐敗について次のように強調している。

「北朝鮮が国是とする「党と大衆の混然一体」を破壊し、社会主義制度をむしばむ権柄と官僚主義、不正腐敗行為は、大小をとわず一掃するための闘争の度合いを強めなければなりません」

また、2017年の新年の辞でも次のように次のように述べている。

「党活動と国家・社会生活のすべての分野においてチュチェの人民観、人民哲学の最高の精華である人民大衆第一主義を具現し、一心団結の花園を汚す毒草である権柄と官僚主義、不正腐敗行為を根絶するための闘争を力強く展開すべきです。ひたすら党に従う人民の純潔で熱烈な心と志向を阻み、党と人民大衆を引き離そうとする敵の卑劣で悪らつな策動を断固と粉砕しなければなりません」

北朝鮮に蔓延する不正腐敗を根絶し、金正恩氏の掲げる「正常国家」に向けての歩みを国民に示すという見方も可能であろうが、「不正腐敗が構造化された今の北朝鮮で、これを根本的に根絶することは難しいだろう」(情報筋)との見方もある。

そもそもなぜ不正腐敗が蔓延するのか。それは1日8時間、普通に働けば普通に暮らせる社会システムが構築されていないからだ。

北朝鮮では、食べ物から住宅に至るまで多くのものが無償または安価に配給され、現金なしでも暮らしていけた1980年代以前の給与体系が未だに残存しており、幹部と言えどももらえる月給は子どもの小遣い銭程度にしかならない。

そのため、何らかの許認可権や権力を持った人々は、それをフル活用、つまり「何々がほしいならワイロを払え」と要求し、生活費を稼ぐのが一般化している。

例えば保衛部(秘密警察)は、中国キャリアの携帯電話を使って中国や韓国と通話する人からワイロを得たり、海外に住む家族を持つ人から現金を掠め取ったりして収入を得ている。これではヤクザと変わらないが、そうでもしなければ生きていけないのだ。

つまり、そのような現実を全く無視した給与体系という根本原因が解決しない限り、いくら表面的な不正腐敗を取り締まったところで、何の効果もない。

また、今回のような「見せしめ」についても「正常国家とは程遠い」との指摘もある。

どのような立場にある人であっても同じ法と原則に基づいて賞罰を決めるべきなのに、基準は非常に恣意的で、地位によっては見逃されたり、より酷い目にあったりとバラバラだ。

国民から「大物は皆逃れて、ひっかかったのは小物ばかり」「いくら不正腐敗剔抉(てっけつ)を叫んだところで掛け声ばかりでは何も変わらない」という冷笑的な反応が出ている。

ちなみに中国の習近平国家主席が進める不正腐敗撲滅キャンペーンでは、最高レベルの大物もターゲットになっている。権力闘争に利用されているため、厳正な法執行とは言い難いが、それでも権力者が次から次へとお縄になる様子を見て庶民は溜飲を下げ、政権への支持を強めている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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