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消えた金正恩の女性エリートと「ニオイ拷問」収容所

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩夫妻とモランボン楽団(朝鮮中央テレビ)

韓国紙・朝鮮日報は5月31日、北朝鮮国務委員会の金革哲(キム・ヒョクチョル)対米特別代表が2月の米朝首脳会談決裂の責任を問われ、3月に平壌郊外の美林(ミリム)飛行場で銃殺されたと報じた。美林飛行場では、過去にも公開処刑が繰り返し行われている。

(参考記事:女性芸能人たちを「失禁」させた金正恩氏の残酷ショー

同紙はまた、金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長が粛清され、金正恩党委員長の妹である金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長も謹慎させられていると報じていたが、いずれもその後に健在が確認された。

金革哲氏についても、韓国の情報機関、国家情報院(国情院)は今月16日、国会情報委員会に対し「生きているものと見ている」との認識を示した。

残るは、金聖恵(キム・ソンへ)党統一戦線部統一策略室長とシン・ヘヨン通訳官の女性2人である。朝鮮日報は彼女らが、金革哲氏と同様に首脳会談決裂の責任を問われ、政治犯収容所に送られたとしているが、今に至るも健在が確認されていない。

北朝鮮で「管理所」と呼ばれている政治犯収容所は、まさに「地獄の1丁目」とも言える場所だ。管理所に限らず、北朝鮮の拘禁施設ではあらゆる形態の虐待が横行している。たとえば、飢えた女性収容者に食べ物のにおいを嗅がせ、死に至らしめる「ニオイ拷問」とも言える行為が横行するような場所で、平壌のエリート街道を歩いてきた女性官僚らが生き延びられるとはとうてい、思えない。

(参考記事:北朝鮮、拘禁施設の過酷な実態…「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

だが、朝鮮日報の件の報道がほぼ覆ってきたことを思えば、彼女らもまた、何らかの処分を受けつつも、そこまでひどい扱いを受けてはいない可能性が高い。

そもそも朝鮮日報の報道は、北朝鮮消息筋の情報に頼りながら、独自の分析を欠いていた点でバランスが悪かった。金正恩氏は部下の「裏切り」や「怠慢」に対して厳罰を与えたことはあるが、「失敗」を理由に罰した例は確認されていない。これを踏まえていれば、金革哲氏の処刑説や女性2人が収容所送りになったとの情報を伝えることには、より慎重になったはずだ。

(参考記事:「幹部が遊びながら殺した女性を焼いた」北朝鮮権力層の猟奇的な実態

北朝鮮内部の様子が、今よりはるかに探りにくかった金正日総書記の時代、北朝鮮ウォッチャーは様々な断片情報を、すでに確認された過去の事例と対照し、信ぴょう性を検討した。それでも100パーセントの確信は持てないから、重大な噂を知ってはいても、なかなか表には出せなかった。

ところが最近の北朝鮮は、当時と比べるとかなり開けっ広げになっている。そこには、金正日氏と金与正氏という、若い兄妹の感性が反映されているように思える。

とは言っても、北朝鮮が本当に重要な情報を出そうとせず、諸外国を惑わせる情報戦を続けていることに変わりはない。北朝鮮の動向を知るためには、金正恩氏が過去において、どのような状況でどのように行動したかを確認し、現在の事象と対照させることがなお重要なのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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