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体はボロボロで家庭も崩壊…北朝鮮「負傷兵」たちの悲惨な末路

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の兵士たち(写真:ロイター/アフロ)

北朝鮮では、軍に勤務中に建設現場での事故などで障害を負った人々のことを「栄誉軍人」と呼ぶ。社会的には尊敬される立場にあり、国から様々なサポートを受けられる。

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朝鮮労働党機関紙の労働新聞が5月16日に掲載した「敬愛する最高領導者金正恩同志が偉大なる首領様方を高く奉じ社会と集団のためにいいことをした勤労者に感謝を送られた」という記事には、次のようなくだりがある。

「社会と集団、同志のために自らのすべてを捧げることを革命的道徳、義理として持っている徳川(トクチョン)新徳(シンドク)炭鉱労働者ミン・ソン、海州(ヘジュ)銀河被服工場労働者キム・ウネ、兄弟山(ヒョンジェサン)区域新間(シンガン)3洞26人民班キム・ソンヒ、徳川市恩徳洞32人民班ヒョン・スギョン、新義州市白雲洞17人民班キム・スヒャン、碧城(ピョクソン)郡碧城邑117人民班リ・ウンミは特類栄誉軍人と真の伴侶となった」

特類栄誉軍人とは、栄誉軍人の中でも両足を失ったり下半身が麻痺したりして、簡単な労働すらできなくなった重い障害を持った元兵士を指す。障害者を社会的に排除してきた北朝鮮だが、栄誉軍人だけは特別だ。

(参考記事:「手足が散乱」の修羅場で金正恩氏が驚きの行動…北朝鮮「マンション崩壊」事故

それもそのはずで、安全対策の欠如のために、軍が動員される建設現場ではしょっちゅう事故が起きている。そのうえ負傷者に対する配慮もないとなれば、軍そのものの維持が難しくなる。

前述の記事は、思い障害を持った栄誉軍人と結婚した女性らを持ち上げるものだが、実際は嫌々ながら結婚させられ、DVに苦しめられた挙げ句に離婚するケースも少なくないようだ。

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の黄海北道(ファンヘブクト)の情報筋は、松林(ソンリム)でそのような事例が増えているとして、次のように伝えた。

「最近、松林で特類栄誉軍人と結婚して家庭を築いていた若い女性がほとんど離婚したり夫を捨てて家を出て行くことが多く、栄誉軍人の生存権が脅かされている」(情報筋)

規定通りなら、栄誉軍人の家庭は国から特別配給対象に指定され、生涯に渡ってコメや物資を優先的に配給してもらえ、医療や子どもの教育でも優遇されることになっている。しかし実際のところ、すべては空約束なのだ。配給はほとんど行われず、困窮している人が少なくない。

「離婚して出ていく女性たちは、栄誉軍人の夫の世話が負担で市場で商売をすることもできず、餓死の危険が迫りギリギリの選択をしているのだろう」(情報筋)

そして当局は、女性を半ば騙して特類栄誉軍人と結婚させている。情報筋は、昨年松林で特流栄誉軍人と結婚した30代女性をその例に挙げた。

貧しい村の出の彼女に党幹部が近づき、「成分(身分)のいい特類栄誉軍人と結婚して都会に住めば、子どもたちの将来も問題ない」と縁談を勧めてきた。北朝鮮でも特に貧しい農村部では、女性たちは日々の糧を得るために都市部に出て売春をするしかないような現実が、いまだにある。

(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

そのうえ、「特類栄誉軍人の面倒を見るのが愛国者、時代の美しい花、忠誠者の中の忠誠者」などと社会的に持ち上げられていることもあり、女性は結婚してしまった。

ところが、嫁ぎ先には食べ物もまともに配給されず、夫はたびたび暴力を振るった。女性はそれに耐えかねて家を飛び出してしまった。

平安北道(ピョンアンブクト)の情報筋は、新義州(シニジュ)には栄誉軍人に設計、統計などの専門知識を教え幹部に育て上げる栄誉軍人学校があると紹介しつつも、「卒業後、栄誉軍人は栄誉軍人工場、あるいは一般的な工場、企業所の幹部として配属され出世できると思っていたが、実際はカネとコネがなければ入学すらかなわない」と実情を語った。

高級幹部やトンジュ(金主、新興富裕層)を親に持つ栄誉軍人は、国の全面的なサポートを受けて成功できるが、カネもコネも持たない栄誉軍人は極貧の生活を強いられ、その鬱憤から妻や家族に暴力を振るい家庭が崩壊する事例が増加し、深刻な社会問題となっている。

当局は、栄誉軍人を含めた朝鮮戦争に従軍した「戦争老兵」に配給する食糧を、国民から供出させ、批判を浴びている。金正日政権時代よりは待遇が改善したとは言え、おそまつなことには変わりない。

(参考記事:金正恩氏の「高級ベンツ」を追い越した北朝鮮軍人の悲惨な末路

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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