「金正恩印」のキムチ工場が絶対に成功しない理由

2017年1月、柳京キムチ工場を視察した金正恩氏(朝鮮中央通信)

朝鮮中央通信や労働新聞などの北朝鮮メディアは2017年1月、金正恩党委員長が平壌市内にできた柳京(リュギョン)キムチ工場を現地指導したことを大々的に報じた。

金正恩氏は工場の設備、商標や包装のデザインなどを称賛し、「今年を軽工業部門の工場、企業が奇跡からさらなる奇跡を生み出す年になるようにしよう」と呼びかけた上で、次のような指示を下した。

朝鮮労働党の意図に合わせてキムチ生産の工業化、科学化が完璧に実現された柳京キムチ工場をモデル、標準にして各道にも近代的なキムチ工場を建設すべきだ。

この指示に基づき、首都・平壌のお隣、平安南道(ピョンアンナムド)平城(ピョンソン)にキムチ工場が完成したと、今年2月6日の労働新聞が報じている。

平城市の鳳鶴洞地区に建設された工場は、白菜、大根自動供給機、カクトゥギ切断機、容器洗浄機、ヤンニョム供給機と総合コントロール室、科学技術普及室をはじめとしたキムチ生産に必要な条件を完璧に備えている。 (中略)

平城キムチ工場の建設で、わが民族の伝統食であり健康食品であるキムチをどんどん生産し、道内人民の食生活工場に貢献できるようになった。

ところがこのキムチ工場が経営難に直面していると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

現地の情報筋によると、金正恩氏の指示があって以降、当局は地元住民から建設費を徴収し、さらには建設工事に強制的に動員して2年で工場を完成させた。近代的な設備は、道党委員会(朝鮮労働党平安南道委員会)の貿易局が外貨を使って中国から取り寄せたものだ。

そんな工場で作られたキムチは地域の国営食料品店や市場に出荷されているが、売れるのは生産量の半分にも満たない。その理由は価格だ。

大消費地である首都・平壌の隣に位置し、全国有数の卸売市場が存在する平城は、北朝鮮ではかなり裕福な町だ。それでも、ほとんどの市民はこの工場で生産されたキムチを気軽に買えるほどの経済力を持っていない。つまりは常識破りに高価なのだ。

「キムチ工場の建設は最初から、人民の生活水準を考えずに金正恩氏の業績づくりの目的で始めたものなので、経営は失敗する他ない」(情報筋)

金正恩氏が旗振り役となって進めた事業は数々あるが、江原道(カンウォンド)の洗浦(セポ)地区畜産基地など、国営メディアで全く言及されなくなったものも少なくない。金正恩氏の業績として見せつけるだけ見せつけて、何らかの事情でうまくいかなかったのだろう。マーケットの現状を考えずに思いつきで建てられた平城キムチ工場も同じような運命をたどる可能性がある。

(参考記事:金正恩氏「北朝鮮スイス化計画」は挫折目前

軍事境界線の南側、1人あたりのGDPが約4万1000ドル(約457万円、2018年)で、北朝鮮のGDPより24倍も多い韓国の実例を見てみよう。

韓国ギャロップ社の調査によると、「キムチを家で漬けて食べる」という人は1994年に95%だったのが徐々に下がり、2018年には64%まで下がった。また、食品会社の大象(デサン)のキムチ研究所の調査によると、50代以上の既婚女性の56%が「キムジャン(キムチ漬け)をする予定はない、買って食べる」と答えた。

キムチは家で漬けるものという固定観念が強く、1990年初頭に商品化された当時はあまり売れなかったが、経済の発展や社会、生活の変化でその後徐々に販売量を増やし、今では買って食べるのが当たり前になった。

北朝鮮ではなお、キムチは家で漬けて食べるのが当たり前とされている。また、一時期に比べて食糧事情が安定したとは言え、一般家庭ではキムチがおかずの中心を占めるという、韓国の1970年代以前のような状況にある。その分、家庭ではたくさんのキムチが消費されるわけで、それを購入するとなると金銭的な負担が非常に大きい。つまり、キムチの産業化は北朝鮮にとって時期尚早なのだ。

(参考記事:北朝鮮で「キムチ漬け込み」巡り熾烈な争い

一方で、平壌の柳京キムチ工場は好調だ。その理由を平安北道(ピョンアンブクト)の別の情報筋は次のように説明した。

「平壌の柳京キムチ工場が順調に運営されているのは、平壌市内のホテルやレストランがキムチを大量に消費しているだけではなく、中国にも輸出しているからだ」

実際、人口が北朝鮮の4倍に達する中国東北のスーパーでは、柳京や大同江などのブランドで販売されている北朝鮮製のキムチをよく見かける。つまり、全く商機がないわけではないが、各道にキムチ工場を建設するとなると供給過剰に陥るだろう。中国製や韓国製のキムチとの競争にさらされる中国市場では、「本場の味」という理由だけで売れるわけではないのだ。