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徴用工判決で激化する日韓の対立 解決策はあるのか?

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
元徴用工、新日鐵住金に損害賠償を求め訴訟 韓国最高裁が賠償命令(写真:Lee Jae-Won/アフロ)

 第二次大戦中に強制労働をさせられたと主張する元徴用工の韓国人への賠償問題で、韓国大法院(最高裁)は10月の新日鐵住金に続き、11月には三菱重工業に対し、賠償を命じる判決を出した。原告の弁護士は、賠償金を支払わなければ韓国内の企業資産の差し押さえに踏み切る構えを示している。さらに元徴用工ら約1100人はちかく韓国政府を相手取り、総額110億円の補償を求める訴訟を起こすこともわかった。

三菱重工に賠償命令が出され喜ぶ原告(ロイター/アフロ
三菱重工に賠償命令が出され喜ぶ原告(ロイター/アフロ

 元徴用工、韓国政府、日本政府の3者が対立する異例の構図。日本では「韓国政府には無償供与3億ドル、有償2億ドルの経済支援をおこなった1965年の日韓請求権協定でこの問題は解決済み」というスタンスだ。「個人の請求権も消滅している」と指摘する一部専門家やメディアもいる。しかしこれに否定的なのが、長年日韓関係を研究し、韓国政府関係者とも忌憚ない議論を交わせる数少ない研究者である神戸大学大学院教授の木村幹氏だ。「日本のメディアや評論家は誤解している」と指摘する。

木村幹教授(撮影:高英起)
木村幹教授(撮影:高英起)

「そもそも請求権協定自体で個人的請求権は消滅しないし、そんな事は日本政府も主張していない。そうした意味で判決自体は想定内だった。ポイントは最高裁が、『個人請求権は1965年の日韓請求権協定の枠外だから、徴用工らの慰謝料請求権は残っている』という解釈を出した事だ。このロジックは破壊的でありショッキングだ」

木村氏によると、「請求権協定の枠外」というロジックは、1965年の日韓請求権協定を完全に骨抜きにしかねない危険性がある。このロジックで行くと最大で2000万人の韓国人が慰謝料を請求できると話す専門家もいるというのだ。判決が出た直後から日本企業への賠償義務や、今後の企業活動への影響を危惧する声も出ている。実際に影響はあるのだろうか。

「日本の大企業であれば私的なものも含めて韓国に何らかの資産がある。だから差し押さえなどが実際に執行される可能性がある。判決に反発して日本側からは『韓国と断交してしまえ!』という声も上がっているが、事態はそんなに簡単ではない」

例えば韓国企業が日本企業の特許を使えば、相応の金額を請求する権利が日本企業にある。しかし、断交すればそれもできなくなり、知的所有権も守られない。そもそも新日鉄住金のように、ポスコ(韓国の鉄鋼メーカー)等、韓国企業の株を持っている企業も多く、簡単に国交断交などというには無理があるという。では、実際に日本企業に対して、強制執行に踏み切るのだろうか。

「それは原告(元徴用工だった韓国人)の判断次第だ。原告の要求があれば裁判所は判決に従って執行せざるをえない。これが通らないと逆に文在寅政権には三権分立がないということになる。行政がこれを阻止するのは難しい」

韓国大法院(ロイター/アフロ)
韓国大法院(ロイター/アフロ)

韓国は日本を軽視している

 そもそも、なぜこのタイミングで損害賠償を認める判決が出てきたのか。文在寅大統領が反日だからという見方もあるが、木村氏は「朴槿恵元大統領が、損害賠償を認める判決を止めていたからだ」という。

「韓国は大統領が最高裁の裁判官を任命する。2008年から10年近く保守政権が続き、保守派の裁判官ばかりが任命されており、朴槿恵は裁判所をコントロールしやすかった。だからこそ、今回のような判決が出たら収拾がつかないことを配慮して、無理やり判決が出るのをストップさせていた。一方、その朴槿恵を追い出した文在寅政権は同じことはできない。さらに、昨年2017年は裁判官の任命が集中する年だった。文在寅にしろ裁判官にしろ判決のタイミングは選べただろうが、いつまでも引き延ばせるわけではない。文在寅氏に任命された裁判官が、ここいらで判決を出してしまおうという決断があったのは確かだろう」

文在寅大統領の意思が今回の判決に反映されているように見えるが、木村氏は韓国側が「判決の深刻さをよくわかっていない」と指摘する。

文大統領も「判決」に困惑

「差し戻し審なので判決の内容は最初からある程度予想できた。ただ、そのロジックが先に述べたように過激だった。しかし『新日鉄住金ぐらいの会社が、この問題をずるずる引きずっても評判が下がるだけだから4,000万ぐらいは捨て金として払えばいい。今後もずっと同じ判決になるとは限らないから、そんな心配しなくていいよ』とか気楽に言う韓国人もいる。判決の影響がよくわかっていない印象を受ける」

 日本では最高裁の判決は判例として残るが、韓国は判例そのものがころころ変わる。それゆえに「いや、何とかなりますよ」と軽く見ているというのだ。それどころか、日本政府が怒り過ぎだという逆ギレのような声が出ているという。木村氏はこうした事態が起きる背景に、「韓国の対日政策の劣化がある」とのべる。

「韓国では『木村先生、安倍政権代わったら変わりますか』っていう人がたくさんいるが、問題はそんなに簡単じゃない。対日政策については、韓国では保守派の方が経験もネットワークもある。しかし韓国の進歩陣営で政策に関わる人たちはその経験が乏しい。人柄はよくても抽象的で楽観的すぎる人が多い」

ソウル龍山駅前の徴用工像(Lee Jae-Won/アフロ)
ソウル龍山駅前の徴用工像(Lee Jae-Won/アフロ)

 今回の判決についてしばらく言及していなかった文在寅大統領は、今月14日になってようやく公の場でコメントした。訪韓している日韓議員連盟の議員と会談した際、「個人請求権は消滅していないという観点から解決していくべきだ」と述べた。一方では、「請求権協定は有効だが、個人補償の効力の解釈には距離がある」とするなど、曖昧な姿勢だ。

これについて木村氏は「判決への準備をしていなかったからだ」という。どんな判決が出るかは、事前にわかっていた筈だから韓国政府は準備をすべきだった。例えば財団をつくる案を出す、または日本政府に水面下で働きかけるなどの準備ができた筈だが、「何もしないまま判決が出て、収拾のつかない状態になった」という。

「今後も裁判が続くと、裁判所が認める請求額も上がるかもしれない。上がればますます訴訟が増える。韓国側はそのあたりの深刻さがわかっていない。日本の動きに対しても真摯に向き合っていない。文在寅政権は、米韓と南北対話を最優先している。米国には頻繁に特使を飛ばしているが、東京や北京に、誰も飛ばない。これまで日韓の歴史認識問題のゲームは、韓国側が日本に解決案を出せといって考えさせるストーリーだった。今回は、徴用工の判決が出て、日本が怒った結果、韓国政府が解決案を作ることになった。つまり韓国は自分で自分の宿題を作った形。それでもまだ『大したことにはならない』と思っている」

文在寅大統領(ロイター/アフロ)
文在寅大統領(ロイター/アフロ)

 徴用工問題や慰安婦問題の議論が巻き起こる度に、日本社会では「1965年の日韓請求権協定で解決しているはずなのに、何で今頃蒸し返すんだ」という反発の声が起こる。木村氏によると、こうした戦後処理は「どこの国がやっても、結局ある種の政治的妥協にしかならない」という。

「例えば、米国はサンフランシスコ講和条約で日本に賠償金を請求しなかった。これに対して不満を持つ米国の軍人はいる。だからこそ、まずは当該国の政府がケアをすべき問題だ。しかし、この点において韓国は徴用工にしろ慰安婦にしろ、無頓着な部分が多かった。そして、裁判所が判決を出すのは構わないが、行政府は条約という形で日本と一定の約束を交わしたわけだから、その枠組みの中で解決策を探す国際的義務がある。例えば、条約の内容に合わせて国内で法律を作ったり、補償金を配分したりするのは政治的妥協をした政府に義務があるはずだ。しかし、その義務と努力を放棄すれば、全ての基盤が崩れてしまう。韓国に国家間の約束を守る真摯な努力が見えない、つまり韓国側に問題があると言わざるを得ない」

徴用工に関心低い韓国社会

 日本では、徴用工問題や慰安婦問題をめぐって、韓国では激しい抗議活動が行われていると報じられることが多い。確かに、カメラやマイクを向けると韓国人は「日本の姿勢に問題がある」と言うだろう。一方、現地で集会や抗議活動を見てみると、実はあまり盛り上がっていないことがわかる。過激なように報じられているが、韓国のレベルからすれば一部の小規模の抗議活動と言えるだろう。

「日本で思われている程、関心は高くない。そして、それこそが問題を寧ろ複雑にしている。例えば軍人軍属や徴用工等の多くが属する『アジア太平洋戦争犠牲者戦争遺族会』系の人たちは『慰安婦ばっかりで、我々は全然相手にされていない』と不満を持つ。だから裁判を起こして 自らの存在を誇示したい。慰安婦以外への社会の関心が低いので、彼等は自分たちが放っておかれていると感じている。背景には韓国政府が植民地や戦争で被害を被った人たちに対して、ちゃんとユニバーサルで画一的なケアをしてこなかった事がある。だからいつまでも不満が残っている。歴史認識問題に真摯に向き合って来なかったのは、日本だけでなく韓国も同じだ」

新日鐵住金を訴えた元徴用工(Lee Jae-Won/アフロ)
新日鐵住金を訴えた元徴用工(Lee Jae-Won/アフロ)

 冒頭で述べたように、元徴用工らは今度は日本企業ではなく、韓国政府を相手取って補償金の支払いを求める提訴を計画している。徴用工をめぐる問題は、反日ナショナリズムの発露というわけではない。それよりも韓国で徴用工にしろ慰安婦にしろ、社会の関心が低いという現実がある。つまり、韓国でさえも整理されていない問題を日本に投げかけているといえる。終わりが見えない歴史認識問題の解決に向けて日本はどう対応すべきだろうか。木村氏は、「この機会に韓国側に歴史認識問題に対して真面目に向い合わせ、対策を考えさせるべきだ」と述べる。

「韓国が中途半端な案を出してきたら、この案は本当に、20年後、30年後もずっと維持できるのですか、そして維持する為の仕組みは作れるんですか、と問い返す。そういう意味では日本だけでなく、韓国にとってもいい機会だと思う。それでも解決しないなら、正々堂々と国際司法裁判所(ICJ)に行くなり、1965年の日韓請求権協定に基づいて仲裁委員会を設置するよう韓国側に求めてもいい。いずれにせよ、日本社会も韓国社会もいったんここで問題をきちんとして整理して、国際社会で正々堂々自らの主張を行うべきだ」

仮に日本がICJに提訴した場合、日本は勝訴できるのだろうか。前提としてICJで裁判が開かれるには、相手国、つまり韓国の同意が必要となる。

「私は韓国が裁判に同意する可能性が十分にあると思っている。それは韓国が自信をもつようになっているからだ。だからこそら、安倍晋三首相には是非真正面から文在寅大統領に、『この問題をICJに持っていきましょう』と言ってほしい。その上で、韓国社会の反応をぜひ見たい。韓国側から加害者のくせに何を偉そうに、という批判は出てくるでしょう。でもここで彼らが『やっぱり俺たちは国際舞台では勝てないのか?』と自問自答する事は重要だし、それは韓国が国際社会と向き合うきっかけにもなると思う。もう一つ重要なのは、少なくとも今の時点では、韓国の外交部の公式見解では、徴用工問題は請求権協定で解決済み、という事になっている。つまり、彼等は仮に徴用工問題で日本に負けてもその自らが本来主張してきたラインに戻るだけで、余り痛くはない。韓国はICJに行くことは無理でも条約に定めた仲裁委員会の設置は拒否できない」

安倍首相はこの難局をどう乗り切るのか(代表撮影/ロイター/アフロ)
安倍首相はこの難局をどう乗り切るのか(代表撮影/ロイター/アフロ)

木村氏はICJに提訴すべきと主張しながらも、「日本が全面的勝利になるとは限らない」と述べる。

「ICJに持っていけば、徴用工問題だけを議論することはありえない。慰安婦問題や韓国人被爆者問題も議論されるだろう。となると、日本が負ける部分が出てくる可能性もある。慰安婦問題で国際機関を存分に使って自らの意見をアピールしてきた韓国の市民団体の力を軽視すると、痛い目にあう可能性も大きい。でも、一旦条約の解釈が決まれば、問題はそこで鎮静化する」

 木村氏は、徴用工の判決が出た直後、複数のメディアで「パンドラの箱をあけてしまった」とコメントしていた。あらゆる災いの詰まった箱から、すべての災いは地上に飛び出したが、最後には「希望」だけが残る。歴史認識問題でこじれた日韓関係に希望は残っているのだろうか。最後の質問として、徴用工、慰安婦問題に限らず、日韓の間に横たわる負の感情を和らげるためには、天皇陛下の訪韓も一つの切り札になるのではと聞いた。

「今、たまたま平成日韓関係史という仮題の本を書いています。そこに今上天皇が即位直後、韓国訪問の意志を持っていた話が出てきます。陛下からすれば、結局その意志が実現できないまま退位しようとしている訳で、心残りだと思います。昭和天皇が残した負の遺産を和らげるのは、陛下にとっては自らが即位した意義であり、自らの義務のようなものだと考えられているのだと思います。今の韓国ではリベラルな今上天皇への評価は高いですから、訪韓すれば歓迎する声が強いでしょう。かつて天皇制反対といっていた韓国人が、「今の天皇はリベラルでいい人だ」と評価していたりする。そういう意味では、この点でも日韓関係はいつの間にか大きく変わってしまっているのかも知れません」

木村幹教授(撮影:高英起)
木村幹教授(撮影:高英起)

今上天皇の訪韓にはリスクがある。過去、昭和天皇が欧州を訪問された際、オランダやドイツで激しい抗議活動が起こったように、韓国でも反発する声が起きるかもしれない。日本国内でも左、右問わず猛反発が起きるだろう。また、負の感情が和らいだとしても、徴用工問題や慰安婦問題が一気に解決するわけではない。それでも、今上天皇が問題解決のために訪韓がしたいという意思をもっておられるなら、それを尊重すべきだ。そして、もし仮に訪韓が実現したら、韓国は日韓友好を願う陛下の覚悟をしっかりと受け止めなければならない。(了)

【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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