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米韓演習中止で金正恩氏が「大喜び」する本当の理由

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

毎年恒例の米韓合同軍事演習が、中止されるもようだ。米CNNは14日、米政府が8月に予定されていた「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」の中止を近く発表する方針であると伝えた。トランプ米大統領が12日の米朝首脳会談で、両国の対話が行われる間は演習を中止すると表明していた。

これを受けて、米韓と日本は大騒ぎとなっている。たとえば朝日新聞は14日付で「演習中止で抑止力低下も…トランプ氏発言、落とし穴露呈」と報じた。ほかのメディアも、概ね同じ伝え方だ。

ではなぜ、演習の中止がそんなに問題なのか。

北朝鮮と米韓が対峙する軍事境界線は、世界有数の「ホットスポット」だ。この対立関係は、大小様々な衝突を生み、戦争の危険を惹起してきた。

(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

しかしそれが、容易に全面戦争にまで拡大しないのは、米韓側が継続的に北朝鮮を圧迫し、戦争遂行能力を削いでいたからにほかならない。

米国と韓国は通常、3月と4月に合同軍事演習「キー・リゾルブ」「フォール・イーグル」を行う。今後も例年どおり続けば米軍からは最大1万7000人規模、韓国からは30万人超が参加する可能性があり、昨年は米軍から空母「カール・ビンソン」や原子力潜水艦「コロンバス」、最新鋭ステルス戦闘機F-35B、金正恩党委員長に対する「斬首作戦」への投入が想定される特殊部隊などが派遣された。

北朝鮮としては、演習のふりをして攻め込まれてはたまらないので、相応の備えをしなければならない。

(参考記事:米軍の「先制攻撃」を予言!? 金正恩氏が恐れる「影のCIA」報告書

そのため例年、12月に中隊(約150人)規模の冬季訓練を開始し、1月にはこれを1,000人前後の大隊規模に拡大。2月に近づくと10,000人余りの師団規模となり、3月には30,000~50,000人の軍団規模になる。このように軍の動員規模を大きくしながら、いつでも戦える態勢を整えるのだが、慢性的な経済難の中にある北朝鮮にとっては、これが相当に大きな負担なのだ。

北朝鮮が継続的に米韓合同軍事演習の中止を求めてきた裏には、このような事情がある。大規模な演習が抑止効果を生んでいるのも事実だが、じわじわと体力を奪われていく状況が、北朝鮮にとっては辛かったのだ。

米韓がこれを止めれば、北朝鮮にはいくらかの余裕が生まれる。それでも、戦争遂行能力が一気に復活することはないだろう。朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の規律はメチャクチャであり、戦争を始められる状態ではない。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

ということはやはり、大規模な演習でガンガン圧力をかけるのを止めてもらい、「少しラクになりたい」というのが金正恩氏のホンネなのではないか。首尾よく中止を勝ち取ることができれば、金正恩氏はさぞや大喜びだろう。

とはいえ、演習の中止が続けば、米韓同盟の作戦能力が相対的に低下するのは免れない。朝鮮半島で起きうる「混乱」は、戦争ばかりではない。米韓に慎重さが求められていることに変わりはないのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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