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警告なしに射殺…金正恩氏がどうしても「ガマンできない」こと

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央テレビ)

金正恩氏に葬られた人々(5)

国際社会が懸念を深める北朝鮮の人権問題のひとつに、脱北者に対する人権侵害がある。

トランプ米大統領は2月2日、ホワイトハウスに脱北者6人を招き、北朝鮮の人権状況や脱北の実態について意見交換した際、「韓国に定着した脱北女性の大部分が人身売買の被害者だというが、この21世紀に考えられないことだ」として、中国政府に人身売買の根絶を強力に要求すると述べたという。

脱北女性の人身売買の背景には、中国政府による強制送還と、北朝鮮当局による残忍な処罰がある。

(参考記事:中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち

2016年12月には、脱北しようとした北朝鮮住民が射殺される事件が発生した。咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部消息筋によると、事件の顛末はこうだ。

同月中旬、道内の穏城(オンソン)郡南陽(ナミャン)労働者区から、住民2人が国境の河、豆満江を越えて中国に脱北しようとしたが、国境警備隊がそれを見つけ射殺した。従来は、まず3回警告してそれでも止まらなければ銃撃していたが、このときは事前警告なしに撃ったという。極めて異例のことだが、脱北者を射殺した隊員は処罰されるどころか、副隊長から表彰されたという。

一方、金正恩党委員長はこの事件の直後の2017年初め、秘密警察である国家保衛省(保衛省)に対し、捜査や取り調べの過程で人民の人権を侵害するな、との指示を下したとの情報が伝えられている。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

事実なら歓迎すべきことだが、この少し後、次のようなまったく矛盾する指示が下された。

「中国の携帯電話を使う連中に目にもの見せてやれ」

両江道(リャンガンド)在住のデイリーNK内部消息筋によれば、これは「国境地帯で中国キャリアの携帯電話を使い、国際電話をかけて摘発された者たちについては、主犯格を見つけ出し、拷問を加えて徹底的に痛めつけろというのが指示の内容だ」という。

どうやら金正恩氏の頭の中では、このふたつの指示は整合性が取れているようだ。理解するためのカギは、金正恩氏がこれらに先立って下したとされる、次のような指示にある。

「中国の携帯電話を使うやつらは、南朝鮮(韓国)のかいらいと結託した反逆者として処理せよ」

ここで言われている「処理」とは司法処理のことだ。そして、北朝鮮において「反逆者」は死刑である。つまり、中国の携帯電話を使う者は反逆者であり、反逆者に対しては人権侵害など気にする必要はないということなのである。

こうした携帯電話をめぐる一連の指示は、「脱北を試みる者は発見次第、射殺せよ」との指示と脈絡を同じくするものだ。

北朝鮮において、脱北は必ずしも死刑とされる罪ではない。中国当局に捕まり強制送還されれば、われわれには想像が及ばないほどの虐待が待っている。

(参考記事:刑務所の幹部に強姦され、中絶手術を受けさせられた北朝鮮女性の証言

それでも死刑になるわけではなく、虐待に耐え抜くことができれば、刑務所などでの一定期間の服役の後に釈放される。それなのにどうして、脱北の現場においては「即時射殺」を命じているのか。その裏には、「中国に逃げられたら、現地公安にも捕まらず韓国へ行ってしまうかもしれない。絶対にそうならないように、その場で殺せ」という意図がうかがえる。

つまり金正恩氏は、自国民が脱北や携帯電話を通じ、外部世界とつながるのを徹底的に防ごうとしているのだ。国内と国外のアクセスを完全に遮断し、自国民を完全に孤立させ、自らの意のままに操ろうというのだろう。

ただ最近、中国当局により摘発された一部の脱北者が、強制送還されず釈放されたとの情報がある。また、北朝鮮に強制送還された脱北女性が、政治犯収容所に送られず、やはり釈放される動きも出た。

(参考記事:北朝鮮、脱北者拘禁施設の過酷な実態…「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

両国とも、国際社会の非難の目を気にし始めているのだろうか。今後の動向を注視したい。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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