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北朝鮮「ワケあり女性」の微笑み外交に韓国は屈するのか

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
玄松月氏(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

金正恩氏の「美しき刺客」たち(終)

北朝鮮の金正恩党委員長が韓国へ放った「美しき刺客」たちが韓国を去った。三池淵(サムジヨン)管弦楽団は13日に帰国。平壌へ到着するやいなや金正恩氏と面会し、16日には帰還公演を行った。

三池淵管弦楽団の芸術公演は、韓国で行われている平昌(ピョンチャン)冬季五輪に合わせて行われたものだが、五輪以上に話題を集めたこともあり金正恩氏も満足していると思われる。

北朝鮮が仕掛けた対話攻勢のなかで、最も重要な役割を果たしたのが実妹である金与正(キム・ヨジョン)氏だった。故金日成主席を始祖とする金王朝、いわゆる「白頭(ペクトゥ)の血統」の一員として初めて韓国を訪れ、文在寅大統領に親書をわたし口頭で訪朝を促した。金正恩氏はよほど与正氏を信頼しているようだ。

(参考記事:金正恩氏の妹・金与正氏の「恋愛事情」と兄妹の本当の関係

与正氏と並んで存在感を示したのが三池淵管弦楽団の団長を務めた玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏だ。彼女は金正恩氏の元カノと語られることもあるが、金正日総書記の愛人だったという説が有力である。確かに金正恩氏の元カノだったとすれば、正恩氏の現夫人である李雪主(リ・ソルチュ)夫人と複雑な関係になりかねない。また、玄氏は金正日氏の指示でワンジェサン芸術団からポチョンボ電子楽団に移籍したという経歴を持つ。そうしたことからやはり金正日氏の愛人だったと考えるのが妥当である。

(参考記事:金正日の女性関係、数知れぬ犠牲者たち

ソウルで11日に開かれた芸術公演では、金正恩氏が玄氏に託した対話攻勢の集大成とも言える演出が見られた。玄氏はサプライズ演出としてステージに上がり、「白頭と漢拏(ハルラ)は我が祖国」を歌った。白頭山と漢拏山は南北双方の最高峰だが、北朝鮮で白頭は金王朝を意味する色合いが濃い。つまり、金王朝と韓国は同じだという意味にもとれる。

歌詞には竹島(独島)も含まれていることから、日本に反発する政治的メッセージも込められていると日韓メディアは指摘した。それだけでなく、この歌は2013年のモランボン楽団の新春公演の一曲目に披露された歌である。その前年末に、北朝鮮は事実上の長距離弾道ミサイル「銀河3号」の発射実験に成功していたことから、新春公演はミサイル発射を祝う公演でもあった。

サプライズ演出としているが、玄氏が舞台に上がったことも披露した歌も全て計画済みだったのだろう。玄氏は2012年に北朝鮮で行われた公演でも観客席から舞台に上がるサプライズ演出を披露したことがある。ちなみに、同公演では、北朝鮮の秘密警察である国家保衛省のトップだった金元弘(キム・ウォノン)氏が周囲から促されて妻とともに歌を披露した。その金氏は表舞台から姿が見られなくなった。

(参考記事:北朝鮮で「大量粛清」の懸念…「軍幹部を追放、収容所送りも」韓国紙報道

玄氏は歌を披露するにあたって、「喉風邪をひいて喉の状態が良くないのです」としながらも「団長の体面を保つためにも先ほどの歌手たちよりも少し大きな拍手を送ってほしい」と述べた。謙遜を交えながらも実に巧みな演出で観客たちの心を和らげ拍手を呼んだ。

金与正氏と玄松月氏、そして三池淵管弦楽団。韓国は金正恩氏が送り込んだ美しき刺客たちの「微笑み外交」にどのように応じるのだろうか。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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