金正恩氏が「薬物中毒」「性びん乱」を止められない理由
北朝鮮の人々が、当局による「非社会主義的現象」の摘発強化に戦々恐々としている。
非社会主義的現象とは、文字通り北朝鮮が標榜する社会主義の気風を乱すあらゆる行為を指す。たとえば賭博、性的びん乱(売買春)、違法薬物の密売や乱用、韓国など外国のドラマ・映画・音楽の視聴、ヤミ金融、宗教を含む迷信などなどだ。もちろん、その他の刑事事犯も含んでいる。
(参考記事:北朝鮮で少年少女の「薬物中毒」「性びん乱」の大スキャンダル)
コンドームなしで
金正恩党委員長は昨年12月23日の朝鮮労働党第5回細胞委員長大会で行った演説で、非社会主義的現象を「根絶するための一大革命的な攻勢を繰り広げる」と宣言。今年1月1日の施政方針演説「新年の辞」においても、同様のことを言っている。
米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋の話として伝えたところでは、「『新年の辞』を受けて地方の党組織や司法機関、各社会団体が今年の事業計画を発表したのだが、ほとんどが第一の課題として非社会主義的現象の根絶を挙げている」という。
過去にも同様の摘発キャンペーンが繰り返されており、拷問や見せしめ的な公開処刑も行われている。人々は、そのような事態が再現されるのではないかと恐れているのである。
ただ、RFAが伝えた情報筋の言葉を見ると、そこには「恐怖心」よりも「怒り」が強く表れている。人々の怒りが向かっているのは、次のような現実に対してだ。
第一に、摘発されて罪を問われるのは力のない庶民だけで、幹部や富裕層やその関係者はコネやワイロで逃げおおせている。第二に、国が社会主義的な労働の対価としてきちんと配給さえしてくれれば、非社会主義的現象など自然となくなるはずだということ。そして第三に、むしろ非社会主義的現象をビジネスにして稼いでいるのは、取り締まりを行う側の幹部たちであること――。
まったくそのとおりだ。北朝鮮で売春が増えたのは、「苦難の行軍」と呼ばれる1990年代の大飢饉のときだ。
(参考記事:【動画:単独入手】 北朝鮮で「生計型売春」が増加)
そしてそれが、覚せい剤の乱用と結合した。富裕層が「お楽しみ」として使っている例もあるが、わずかコメ数キロ分の現金を得るために覚せい剤の力を借りて道端に立ち、コンドームを着けない男性を相手にする貧困層の女性も多いのだ。
北朝鮮の食糧事情はかつてに比べ、大きく改善した。しかし、同時になし崩し的な資本主義化が進行したことで、貧富の格差が拡大。いくら働いても、市場で食べ物を買うことのできない層が出現している。
(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち)
生き延びるためには商売に乗り出さなければならないが、農村部にビジネスチャンスなどないに等しい。都市に出て勝負しようにも、各種の規制をくぐり抜けるために多額のワイロが必要になる。元手を稼ぐため当局に何のコネもないまま「アブナイ商売(非社会主義的現象)」に手を出し、摘発キャンペーンに引っかかったら「一巻の終わり」というわけだ。
しかしそうとわかっていても、庶民の多くはこれと同じような道を歩むしか、生き延びる手がないのだ。
そしてそれは、金正恩氏がいくら「非社会主義的現象を根絶やしにしろ」と叫んでも、北朝鮮が「社会主義的」な社会に戻らないことを意味する。北朝鮮社会では、今のところ大衆主導の変革運動は起きていないし、今後もしばらくは起きそうもないが、その間にも、金正恩氏ら指導層の望まない変化が起き続けているのである。