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金正恩氏の「恐怖政治」か、単なる「私怨」か…北朝鮮で粛清の情報

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(労働新聞より)

韓国の情報機関・国家情報院(国情院)は20日、国会情報委員会で、北朝鮮の崔龍海(チェ・リョンヘ)朝鮮労働党副委員長の主導により、党組織指導部が朝鮮人民軍(北朝鮮軍)総政治局の「不純な態度」を問題視し、20年ぶりとなる検閲を進めていると報告した。

その過程で、黄炳瑞(ファン・ビョンソ)総政治局長や金元弘(キム・ウォノン)第1副局長をはじめ、相当数の幹部が処罰されたもようだという。ただ、同委員会幹事のキム・ビョンギ議員(共に民主党)の説明によると、処罰がどの程度のものであるかは国情院もわかっていないとのことだ。

変態性欲の醜聞

韓国の主要メディアはこの情報を受けて、党が軍を粛正する「政治闘争」が勃発した、あるいは「恐怖政治」が再開された、との趣旨で報じている。しかしこの程度の情報では、あまり断定的なことは言えないというのが筆者の判断である。実際、北朝鮮では主要幹部に対する革命化(再教育)処分が頻繁に下されており、ごく短期間で復帰するか、その後に昇進するケースも少なくないからだ。

そもそも、国情院は崔龍海氏が最近、党組織指導部長に就任したと分析しているのだが、それ自体「本当か!?」と思う。

崔氏は、金正恩党委員長の祖父・故金日成主席の盟友でもあった崔賢(チェ・ヒョン)元人民武力部長(国防相に相当)の息子という経歴ゆえに、最高幹部の地位を維持している。しかし女性問題、それもほとんど性犯罪とも言えるほどの変態性欲スキャンダルを起こした過去を持ち、失脚と復活を繰り返してきた札付きの極悪幹部だ。

(参考記事:美貌の女性の歯を抜いて…崔龍海の極悪性スキャンダル

正恩氏の悲しい表情

そんな人物が、北朝鮮の最重要機関とも言える党組織指導部長になるというのはにわかには信じがたい。

そもそも金正恩氏は、崔氏を軽んじているふしがみられる。少し間抜けな話だが、2015年秋には金正恩氏がコダワリを持っていると見られる極太ズボンをめぐって、崔氏は公衆の面前で恥をかかされたという噂さえあるのだ。

(参考記事:金正恩氏が極太ズボンで部下を殺す日

ただ、崔氏と黄炳瑞氏の関係については、思い当たるエピソードがある。北朝鮮と韓国の間に対話の空気が残っていた2014年10月、この2人に金養建(キム・ヤンゴン)党統一戦線部長を加えた金正恩氏の「最側近3人組」が電撃的に訪韓し、仁川アジア大会の閉会式に参加したときのことだ。

この際、韓国側はもちろん、3人それぞれにリムジンを付けるなどして歓待した。問題は、迎えに到着したリムジンに乗る順番だった。北朝鮮は何事も「序列」を重んずる国であり、いちばん先に到着した「1号車」に乗る者が一行のうちで「最もエライ」ということになる。

崔氏と黄氏はこの「1号車」を巡り、押し合いへし合いの争奪戦を繰り広げたというのである。ちなみにこの時点では、黄氏の方が国内での序列は上であり、崔氏が挑戦を試みた形と言えた。その結果はどうだったか。黄氏が乗り込んだ「1号車」の隣の席に、崔氏が半ばむりやり同乗したという。

このようなエピソードを踏まえてみると、今回の検閲の背景には2人のライバル関係、あるいは何らかの「私怨」が作用しているとも考えられる。

では、残った金養建氏はどうしたか。何と、「2号車」をスルーして「3号車」に乗ったという。自分の立場をわきまえ、後で角が立たないようにする処世術と言えた。

金養建はその後、2015年12月29日未明に交通事故で死亡している。その際、同氏の遺体と対面した金正恩氏の表情は、ほかでは見せたことのない、本当に悲しそうな表情をしている。

(参考記事:金正恩氏が死去の側近を弔問…崔龍海氏は同行せず

金正恩氏が「3人組」の誰を最も信頼していたのかはわからないが、金養建の死を惜しんだことだけは間違いなさそうだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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