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金正恩氏は「身内殺し」にどこまでこだわるか…気になるハンソル氏の今後

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

韓国紙・中央日報は先月30日、今年2月にマレーシアで殺害された北朝鮮の金正男(キム・ジョンナム)氏の息子、キム・ハンソル氏を暗殺するために中国・北京に派遣されていた北朝鮮の工作員グループが、中国当局に逮捕されていたと報じた。しかし、ハンソル氏暗殺未遂説は事実ではないとの情報が出ている。

ハンソル氏はどこに?

金正恩氏の異母兄である金正男氏が、猛毒の神経剤であるVXによって暗殺された事件の真相は明らかになっていないが、筆者は金正恩氏が決断し、北朝鮮当局が実行したと見ている。金正男氏は、空港という公共の場で、まるで公開処刑のような形で暗殺された。金正恩氏が望んだ方法だったのかもしれない。

(参考記事:自分の兄まで「公開処刑」…正恩氏が「その瞬間」を見たかった理由

しかし、金正男氏が暗殺された直後、金正恩氏にとって実に厄介な人物が姿を現した。金正男氏の嫡男であるキム・ハンソル氏だ。ハンソル氏は、これまでも海外メディアを通じて、北朝鮮体制に批判的な意見を述べていたが、金正男暗殺事件に関しては「自分の父は殺された」と明言し、北朝鮮当局の主張に真っ向から反論したのである。

中央日報によると、ハンソル氏の暗殺を狙ったとして逮捕されたのは北朝鮮の偵察総局所属の特殊工作員ら7人。ハンソル氏を除去する目的で中国に侵入したが、一部メンバーが先週、中国の国家安全部に逮捕され、現在は北京郊外の特殊施設で極秘に取り調べが行われているという。

一方、韓国の情報機関である国家情報院(国情院)は2日、国会情報委員会の非公開国政監査で、「中国の情報関係者は(事実であると)確認していない。キム・ハンソルは中国と関係のない場所にいるので、暗殺報道自体が事実ではないようだ」と報告したという。

中央日報の報道はハンソル氏が中国に滞在していることが前提だ。もしハンソル氏が中国にいないとすれば、暗殺未遂説の説得力はなくなる。では、ハンソル氏はどこにいるのか?

国情院は、ハンソル氏の居場所を明かしていない。しかし、筆者も本稿で述べたが、既存の情報から推測するにオランダである可能性が高い。

死刑囚は鬼の形相で

現時点で、金正恩氏がハンソル氏の暗殺を決断するとは考えづらい。国際社会がハンソル氏の言動に注目する中、海外に暗殺部隊を派遣するのはあまりにもリスクが大きすぎる。

ただし、北朝鮮の体制に批判的なハンソル氏の言動のみならず、金正恩氏が金正男氏の血統を除去しなければならない動機はある。

(参考記事:「喜び組」を暴露され激怒 「身内殺し」に手を染めた北朝鮮の独裁者

北朝鮮は、金正恩氏が北朝鮮の建国の父である故金日成主席を始祖とする「白頭の血統」の正当な後継者であると主張している。しかし、血統からすれば、金日成氏の初孫である故金正男氏が序列一位だ。ましてや、金正恩氏の実母の高ヨンヒ氏は1960年代に日本から帰国した元在日朝鮮人であり、北朝鮮では最下層の出身成分(身分)に位置づけられる。

金正恩氏が自らの出自に劣等感を抱き、自分よりも正統性を持つ金正男氏側の身内に対し、根絶やしにしなければならないほどの憎悪を持ったとしても、決しておかしくはない。北朝鮮の歴代の最高指導者は、体制に都合の悪い人物に対し過酷な処罰を与え、公開処刑などの手段をもって、体制に刃向かうことの恐ろしさを植え付けてきたのだ。

(参考記事:謎に包まれた北朝鮮「公開処刑」の実態…元執行人が証言「死刑囚は鬼の形相で息絶えた」

もし、ハンソル氏が国際舞台などで金正恩体制に対して表だった批判を始めれば、金正恩氏はあらゆる手を使ってハンソル氏の存在を除去しようとする可能性が高い。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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