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金正恩氏が「親密美女」を猛スピードで出世させている

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩夫妻とモランボン楽団。右端が玄松月氏(朝鮮中央テレビより)

北朝鮮は10月10日、朝鮮労働党創立72周年を迎えた。周辺国は記念日に合わせた軍事的挑発を警戒した。だが、昨年の建国記念日(9月9日)に行われた第5次核実験を除けば、核実験や弾道ミサイルの発射実験が、記念日の当日に行われたことはない。最も警戒されるのはその前後である。

懸念された挑発はなかったが、7日に開催された朝鮮労働党中央委員会第7期第2回総会で注目すべき人事が行われた。本欄でも伝えたが、金正恩党委員長の実妹である金与正(キム・ヨジョン)氏が労働党の最高意思決定機関である政治局の委員候補になった。そしてもうひとり、意外な女性が党中央委員会委員候補に抜擢されたのだ。

その女性とは、金正恩氏の「元カノ」と伝えられたこともある玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏だ。

夜の奉仕も

玄氏は、80年代後半から2000年代はじめにかけて、北朝鮮ポップス、いわゆるNK-POPの旗手と言えるポチョンボ電子楽団のスター歌手だった。一時期、金正恩氏の元カノと噂された一方、父である金正日総書記の愛人だったとの説もあった。

(参考記事:金正日・正恩親子は「愛人」を奪い合ったのか!?

金正日・正恩親子と玄氏の関係はともかく、現在、彼女はポチョンボ電子学団の後継グループ「モランボン楽団」の団長、いわば総監督を務めている。北朝鮮初のガールズグループであり、北朝鮮版AKB48とも言われることがあるモランボン楽団は、金正恩氏の肝いりで創設された。彼女が金正恩氏の寵愛を受けているのは間違いない。

こうした話題になると、「金正恩氏が喜び組を側近に抜擢!」と伝えられるかもしれないが、正確には彼女は「喜び組」ではない。

北朝鮮で歌って踊る女性達をすべてひっくるめて喜び組と呼ぶ向きもあるが、本来、喜び組とは最高指導者の身辺補佐をする女性たちの総称だ。喜び組の女性たちは、マッサージ、スポーツ、公演などの専門分野に別れており、夜の奉仕をする特別な組織も存在するとも言われている。

(参考記事:北朝鮮の「喜び組」に新証言…韓国テレビ「最高指導層の夜の奉仕は木蘭組」

玄氏が芸術家として華々しい経歴を持つことは疑いようがないが、30代~40代の若さの女性が党中央委員会の委員候補にまで出世するのは、やはり異例だ。金正恩氏の元カノ云々は単なるウワサとされるが、ふたりがプライベート面でもかなり親しい関係にあるのは事実であると推測される。そもそも、金正恩氏の妻である李雪主(リ・ソルチュ)氏は銀河水管弦楽団の歌手だった。楽団こそ違えど、歌姫という立場は同じだ。

玄氏以外では、ポチョンボ電子学団とモランボン楽団の初代ギタリストを務めたカン・ピョンヒ氏が、2015年に金正恩氏の実兄である金正哲氏と共にイギリス・ロンドンでエリック・クラプトンのコンサートを鑑賞する姿が捕捉されている。金正哲氏とカン氏が特別な男女関係にあるとの情報はないが、音楽家たちが金正恩氏から寵愛を受け、特別な期待を寄せられていることを象徴するエピソードである。

ただし、党中央委員候補となった玄氏はともかく、北朝鮮の芸術家たちが、永遠にスターの座にいられるというわけではない。音楽家として金正恩氏の偉大性を宣伝する、つまり最高指導者の沽券にかかわる存在だけに、失態を犯せば最悪の場合「処刑」が待っている。2015年3月には、李夫人が所属していた銀河水管弦楽団のメンバーら4人でさえ、せい惨きわまりない方法で処刑されたと伝えられている。

(参考記事:「家族もろとも銃殺」「機関銃で粉々に」…残忍さを増す北朝鮮の粛清現場を衛星画像が確認

玄松月氏の正確な年齢は不明だが、年齢の若さもさることながら、元歌手が朝鮮労働党中央委員会入りした前例はない。20代後半から30代前半と見られる金与正氏の抜擢も含めて、二人の女性の異例の人事には、金正恩氏の私情が色濃く反映されているようだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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