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「ドラマを見たら懲役5年」…海外文化を極端に嫌う金正恩氏

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

北朝鮮が29日、日本上空を飛び越える弾道ミサイルを発射したことを受けて、中国外務省の華春瑩報道官は「問題は臨界点に差し掛かろうとしている」と述べた。王毅外相も30日に行われた記者会見で、「国連安全保障理事会の決議に違反し、賛成できない」と不満を示した。

このような中国の姿勢に、北朝鮮も反発を強めている。こうした中朝関係の悪化が影響しているのか、北朝鮮当局が中国の映像コンテンツを厳しく取り締まりはじめたという。

拘禁施設では「性的虐待」

北朝鮮当局は、韓流ドラマをはじめとする海外の映像コンテンツを見たり、流通させたりする行為を厳しく取り締まっている。一昨年5月には、韓流ドラマのファイルを保有していただけの容疑で、女子大生を摘発し、過酷な拷問を加えたほどだ。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

一方、中国の映像コンテンツについてはさほど厳しく取り締まっていなかった。ところが最近になって、中国の映像コンテンツを見た人に懲役刑を含めた重い処分を下すなど、重罰化を進めているという。

映像コンテンツを取り締まるのは「109常務(サンム)」と呼ばれる専門の捜査機関だ。昨年3月中旬、北朝鮮の咸鏡北道(ハムギョンブクト)のある郡で、乱交パーティーに及んでいた男女が逮捕される事件が起きたが、これも109常務が摘発したものだ。

(参考記事:北朝鮮で「ポルノ見て乱交パーティー」は収容所送りの重罪

109常務は、首都平壌では3人1組、地方では5人1組で行動し、抜き打ちの家宅捜索を行っている。その中で、かつては問題にならなかった『西遊記』『水滸伝』と言ったおよそ政治とは関係ない中国の古典作品を取り締まりの対象としている。

平安北道(ピョンアンブクト)の内部情報筋によると、初犯ならば秘密警察である保衛局に連行され、思想教育を受けさせられ、罰金を払った上で翌日釈放となるが、2回目からは労働鍛錬刑(懲役刑)となる。最初は6ヶ月だが、回を重ねるごとに刑が重くなる。

また、大量に所持していたり、周囲の人に譲渡、販売していた場合には、労働鍛錬刑2年から5年の重罪となる。

咸鏡北道の内部情報筋によると、中朝国境に面した穏城(オンソン)で中国ドラマを見ていただけの人が逮捕され、労働鍛錬刑5年を言い渡された。この刑を受けると労働鍛錬隊という拘禁施設に収容され、強制労働を課される。政治犯収容所ほどではないが、労働鍛錬隊では女性が性的虐待を受けるなど、深刻な人権弾圧が常態化している。

(参考記事:北朝鮮、拘禁施設の過酷な実態…「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

国境の向こうは吉林省延辺朝鮮族自治州で、朝鮮語のテレビ放送が行われていることもあり、この地域の人々は半ば公然と中国の映像コンテンツを見ていた。そのため、情報筋は「見ただけで労働鍛錬刑5年なんて聞いたことがない」と驚きを隠せずにいる。 また、以前とは異なり取締官にワイロを渡しても通用しないという。

109常務は、華僑に対しても抜き打ちで家宅捜索を行っているが、これも以前には見られなかったことだ。

前述の平安北道の内部情報筋によると、かつては109常務と言えども、人民班の班長(町内会長)の許可なくして、華僑の家の家宅捜索を行うことはなかったが、今では捜索を行った後で班長の了解を得る形となっている。

ただし、華僑は中国国籍者であるため、取締官は摘発しても「流布させるな」と警告するだけで、逮捕はしないという。

取り締まりは学校現場でも行われている。両江道(リャンガンド)の内部情報筋によると、学校で中国の番組の真似をする生徒が増えたため、学校側は持ち物検査を強化するなど「資本主義剔抉」の方針を打ち出し、親に対しても摘発時には罰を与えるとPTAや人民班を通じて伝えている。

北朝鮮当局が海外の映像コンテンツの取り締まりの法的根拠としているのは、2015年に改正された刑法だ。退廃的な文化の持ち込み、流布、違法に保管したり(183条)、退廃的な行為を行ったり(184条)した場合、罪状が重ければ5年以上10年以下の労働鍛錬刑に処すると定めている。

184条は退廃的な行為を「色情的で醜雑な内容を反映した絵、写真、図書、歌、映画を見たり聞いたり再現したりすること」と定義している。これは韓流をターゲットとしたものだが、その対象に中国のものも入ったということだ。

取り締まりの強化は、核・ミサイル問題を巡る中朝関係の悪化だけなく、中国の映像コンテンツが韓流化していることも理由の一つだと思われる。

中国では、2000年代から韓流ブームが巻き起こり、韓国の映画、ドラマ、バラエティがリメイクされることが多くなった。つまり、中国のものであっても、間接的に韓流に接することになるというのだ。

このようにあの手この手で海外コンテンツを取り締まる北朝鮮当局だが、それでも庶民が海外映像を視聴することをやめることはないだろう。北朝鮮当局が製作し放送するプロパガンダ映像があまりにもつまらないからだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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