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拷問と処刑を繰り返す金正恩氏「親衛隊」さえも青ざめる事件

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

北朝鮮の金正恩党委員長は、国民の脱北を忌み嫌い、かつ警戒している。それでも、金正恩体制が生きづらい社会ゆえに脱北行為は止まらない。

そして、ある地方で起きた集団脱北事件により、北朝鮮の治安機関が窮地に立たされているとデイリーNKの内部情報筋が伝えてきた。

女性大生を拷問

集団脱北事件が起きたのは、中朝国境から100キロほど南にある平安南道(ピョンアンナムド)の粛川(スクチョン)郡。今年6月、ある一家が何らかの方法で脱北した。秘密警察である国家保衛省(以下、保衛省)は手配写真を各所に配布し、住民に対して「反逆者を通報せよ」との指示を出し、行方を追っていた。

保衛省は、昨年まで脱北やそのほう助、不穏な言動をした者を公開裁判にかけて、一部を銃殺にしていた。脱北した一家も周到な準備をして、相当な覚悟の上に脱北を決意したと思われるが、仮に捕まれば一家全員が最悪の運命をたどることになりかねない。

(参考記事:謎に包まれた北朝鮮「公開処刑」の実態…元執行人が証言「死刑囚は鬼の形相で息絶えた」

ところが、保衛省が一家の行方を追っているさ中に、今度は中朝国境に面した龍川(リョンチョン)郡に住んでいた別の一家10数人が脱北した。

相次ぐ集団脱北事件に保衛省は、顔面蒼白となった。事態の収拾に向けて国境を封鎖するなど、大々的な追跡に乗り出した。またもや一家の手配写真を各所に配布し、行方を追っている。

2家族の手配写真が貼り出された状況を見て、戦々恐々としているのが地元の住民たちだ。それもそうだろう。脱北事件に直接の関わりがなかったとしても、保衛省は、時には「何か知っている」とにらんだ対象に拷問を加えるなどの強引な捜査で恐れられているからだ。実際、一昨年5月には、韓流ビデオのファイルを保有していた容疑で女子大生が摘発された。保衛省は彼女に過酷な拷問を加え、悲劇的な末路に追い込んだ。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

保衛省は、一家が密輸船に乗って脱北したものと見て、密輸を頻繁に行っている業者を洗い出した。そのうえで、情報を中国丹東の辺防隊(国境警備隊)に渡し、捜査を依頼。中国辺防隊は、丹東市内の商人の家を家宅捜索し、脱北を幇助した疑いがあれば連行して取り調べている。

ミンチにして処刑

中国辺防隊と公安当局は、バスターミナルや駅などで検問を強化したが、いずれの家族とも今のところ見つかっていない。韓国統一省は、脱北者が韓国に入国しても原則として発表しないため、2家族が無事韓国に到着した可能性もゼロではない。

こうした中、情報筋は金正恩氏が、続発する集団脱北を「重大政治事件」と見なし、国境防衛隊の幹部や、保衛指導員を厳しく追求し、更迭するものと見ている。

保衛省は、金正恩独裁体制を支える要の治安機関だが、その一方で、トップである金元弘(キム・ウォノン)氏が、なんらかの理由で一時的に表舞台から姿を消したこともある。韓国の国家情報院によると今年2月、保衛省の次官級幹部5人以上が、人間を文字通り「ミンチ」にする高射銃で無慈悲に処刑された。

(参考記事:金正男氏「暗殺部隊」幹部まで「ミンチ」にする正恩氏の残虐性

保衛省は、残忍で無慈悲な取り締まりを行うことで、住民から多くの恨みを買っている。それでも、組織として生き残るためにはどんな手段を使ってでも金正恩氏を頂点とする独裁体制を「親衛隊」として支えていくしかない。その保衛省でさえも、「一寸先は闇」なのが、今の金正恩体制なのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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