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北朝鮮から突然かかってくる「恐怖の電話」が増えている

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

当局が極端な情報統制を敷き、外部とは容易に連絡を取り合うことのできない国、北朝鮮。そんな国から突然、自分のスマホなどに電話がかかってきたら、あなたはどう思うだろうか。

韓国のソウル新聞によると、テレビ番組にレギュラー出演していた脱北者Aさんはある日突然、北朝鮮に残してきた家族から電話がかかってきた。電話番号を教えていなかったはずの家族からの電話に驚いたAさんだが、話を聞いてさらに驚かされた。

「家族と国を裏切っただけで充分なのに、なぜテレビに出てまで祖国の悪口を言うのか。もうやめてくれ」(Aさんの家族)

北朝鮮で高級幹部を務めたある脱北者は、テレビに出演し金正恩党委員長の非難を繰り返していたが、北朝鮮の対外向けプロパガンダサイト「わが民族同士」に出演した家族に「両親と子どもを棄てた背倫児(倫理に背く人でなし)」呼ばわりされたのをきっかけに、テレビ出演をやめてしまった。

北朝鮮当局にとって、韓国のテレビに出演して北朝鮮の実情を語る脱北者は目の上のこぶだ。国家保衛省(秘密警察)は、北朝鮮に残る脱北者の家族を懐柔または脅迫し、韓国に住む脱北者を連れ戻すよう仕向けている。

韓国で活躍していた脱北タレント、イム・ジヒョンさんが北朝鮮に戻って宣伝メディアに出演、「韓国は地獄だった」と語った背景にも、そのような工作があった可能性がある。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「アダルトビデオチャット」強制出演の暗い過去

北朝鮮当局は、脱北者家族に対して「脱北した家族と連絡がついたら、祖国や父母兄弟を裏切ったとしても、戻ってくれば許してもらえるから帰って来いと伝えよ」との指示を下したとされるが、突然の電話はこのような指示に基づくものと思われる。

また脱北者家族には「これはすべて将軍様(金正恩氏)の指示だ。戻ってきた者にはマンションを与える。教化所(刑務所)送りにされることはなく、豊かに暮らせる」などと書かれた資料が配布されたとも言われる。これには、「言うことを聞かなければ教化所送りになる」との脅しが含まれているのは、言うまでもない。

(参考記事:北朝鮮、拘禁施設の過酷な実態…「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

韓国の統一省によると、韓国に入国した脱北者3万805人(今年6月末の時点)のうち、約3%にあたる900人ほどが所在不明となっている。韓国の警察庁は、所在不明の脱北者を、再入北(北朝鮮への帰国)予備軍と見て、対策を強化することにした。

その一環として、居場所のわからない脱北者の所在把握に努め、脱北者の家庭を訪問し、現状を把握して8月までに報告せよなどといった指示を各警察署に下した。同時に、定住に不安を感じさせる要因を解消するために、個人の状況に合わせた支援を行うことで、再入北を予防せよとの指示も下した。

しかし、警察の監視強化は一歩間違えると、脱北者から「いつまでスパイ扱いするのか」との反発を呼んでしまうかもしれない。そうでなくとも、脱北者は韓国社会において厳しい環境に置かれている。

(参考記事:「自由」の夢やぶれ韓国でも性的搾取…脱北女性の厳しい現実

脱北者の韓国社会に対する不信感が強まれば、北朝鮮に付け入るスキを与えることにもなりかねないのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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