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金正恩氏の核開発を「本気で」止めようとしている政治家はひとりもいない

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

北朝鮮の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射を受け、国連安全保障理事会では米国主導で新たな制裁決議が模索されている。しかし、拒否権を持つ常任理事国のロシアと中国は消極姿勢で、先行きは見通せていない。

北朝鮮の核・ミサイル開発を抑え込む上で、焦点は中国の姿勢だとされている。中国は北朝鮮の貿易の9割超を握っているため、その協力なしには、経済制裁は効果を上げられないからだ。

虐殺されて終わり

たしかに、中国が本気で北朝鮮経済を封鎖すれば、金正恩体制を強力に締め上げることができるだろう。徹底的にやれば、崩壊の瀬戸際まで追い込むことも可能かもしれない。

では、「その先」には何があるのだろうか。容易に想像できるのは、北朝鮮国内で食糧不足が発生し、大量の難民が中朝国境を越えることだ。

そのような状況を恐れるのは、中国の立場としては当たり前である。果たして、北朝鮮に対する経済制裁によって大量の難民が発生した場合、彼らを受け入れるためのコストは誰が負担するのだろうか。米国政府にせよ日本政府にせよ、「自分たちが分担すべきかどうか」ということなど、考えたこともないだろう。これでは中国が「自分だけ損をするのは嫌だ」と考えても仕方ない。

それ以前に、中国は自国に逃げ込んできた脱北者を摘発し、北朝鮮に強制送還する方針を取り続けている。

(参考記事:中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち

経済制裁によって大量の難民が発生しても、その方針は変わるまい。そして、強制送還された人々は北朝鮮当局によって拷問などのひどい目に遭わされるのだ。

日頃から北朝鮮の人権侵害を非難してきた米国や日本や韓国は、そのような事態を食い止めるために行動を起こす覚悟が出来ているのだろうか。北朝鮮の核・ミサイル開発を抑え込むために中国に経済制裁への全面的な協力を求め、中国がそれに応じた場合に発生し得る北朝鮮国民への人権侵害について、責任を取る覚悟はあるか、ということだ。

そんなもの、ないに決まっている。あれば、とっくの昔に中国当局が強制送還を止めさせるよう行動を起こし、多くの脱北者を救っていたはずなのだ。

そもそも、北朝鮮がミサイルを打つたびに「もっと強い制裁を」と主張する向きは、制裁によって何が可能になると思っているのだろうか。経済制裁は、独裁国家に対してはあまり効き目がないという事実にもっと目を向けるべきではないのか。

国連安保理で制裁を決議されるような無謀な政権は、民主主義社会でならば国民の巨大なデモを呼び起こし、すぐに倒されてしまうだろう。しかし北朝鮮でそんなことをすれば、軍隊に虐殺されるか、政治犯収容所で拷問され処刑されるのがオチなのだ。

(参考記事:抗議する労働者を戦車で轢殺…北朝鮮「黄海製鉄所の虐殺」

制裁による窮状に国民が怒り、それを受けて政権が政策を変えるというようなことは、北朝鮮においては望み薄なのである。

では、どうするか。

北朝鮮の核・ミサイル開発を止めさせるには、金正恩党委員長に「退場」してもらうほかない。問題はその方法だが、仮に経済制裁でそれをやろうとすれば、やはり中国の全面的な協力が必要になる。中国が本気で制裁を行えば、中朝国境に数百人から数千人、あるいはもっと多くの難民が押し寄せ、北朝鮮は国家の体をなさなくなっていくかもしれない。

そうなった場合にはもちろん、米国も日本も韓国もコストを分担しなければならない。筋道から言えば韓国の出番だが、手に余る部分は日米の助力が必要だ。あるいは、難民の一部を自国で引き受けることも考えねばならないだろう。

ほかにも、すべきことは膨大にある。北朝鮮のような軍事国家に権力の空白が生じるのは、それはそれで危険だ。混乱が起きたら、米韓軍は素早く北朝鮮全土を管理下に置かねばならない。望むなら、自衛隊がいっしょに行くのも良いだろう。ただし、金正恩政権の残党から核攻撃や生物・化学兵器による攻撃を受けるリスクは残っているだろうが。

中国とロシアは、自国の隣に親米国家が新たに誕生するのを望まないだろう。ウクライナの例を見れば、ロシアが軍事介入を含む極端な行動に出る可能性もゼロとは言えまい。だから、北朝鮮に決定的な何かを仕掛けようと思えば、中国とロシアとの利害調整が必須であるわけだが、これ自体が北の核・ミサイル開発と同じくらいの難題であるとも言える。

このような課題をすべてクリアしてこそ、金正恩氏の核とミサイルの暴走を止めることができるのだ。

しかし、このような難題を解決できる政治家などいるのだろうか。筆者の目には今のところ、解決に取り組む意思を持つ政治家すら見当たらない。

だからこそ各国の指導者たちは、「制裁であと一押しすれば金正恩は折れる」とか、「対話をすれば何か方法が見つかる」などと信じたがっているのだ。こんな風に、本当は期待できない策であると知りつつ「期待しているフリ」を続けている限りは、金正恩氏を止めることはできないだろう。

どんなに課題が膨大で、どんなにコストと時間がかかっても、北朝鮮の民主化以外に、核・ミサイル開発を止める方法はないのである。

(参考記事:「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝鮮庶民のキツい本音

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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