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北朝鮮女性の「出産拒否」が金正恩氏のパワーを減退させる

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩夫妻とモランボン楽団

1990年代後半に北朝鮮を襲った未曾有の大飢饉「苦難の行軍」。そこからようやく一息ついた2000年に生まれた子どもたちは今年17歳を迎え、徴兵検査を受ける。ところが、新兵の募集が思うように進まず、担当者は頭を抱えていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。

両江道(リャンガンド)の情報筋によると、各市、郡の軍事動員部は6月20日、満23歳以下の青年に追加の徴兵検査を受けよとの指示を下した。これは通常の徴兵検査で充分な数の合格者が出なかったための措置だ。

条件は身長145センチ、体重43キロ、視力0.6以上。身長が145センチ以下でも、両親の同意があれば兵役につくことも可能だ。かつては、高等中学校(高校)卒業後に進学せず社会人となった青年が追加検査の対象だったが、今年からは大学生や、建設現場に動員された突撃隊員も対象となっている。

追加検査を行う理由について、別の情報筋は「17歳のときには不合格になっても、その翌年以降に検査を受けると、体が成長していて合格になる場合が多いから」と説明した。

それ以外にも、各機関の間で若者の取り合いのような状況が起きていることが背景にある。

情報筋によると、朝鮮人民軍の現在の兵力は111万人で、人民武力省はそれを維持するために今年は11万人の若者を募集することにした。しかし、若者を欲しがっているのは軍だけではない。

人民保安省(警察)、国家保衛省(秘密警察)も若者が欲しいのは同じで、各地で建設事業を担う突撃隊も30万人の人員を確保しなければならない。さらには金正恩党委員長の身辺警護を行う護衛司令部も、男女問わず優秀な若者を探している。ちなみに護衛司令部の精鋭部隊については、「喜び組」の統括組織として知られる朝鮮労働党の組織指導部護衛総局、通称「5課」が行っている。

(参考記事:将軍様の特別な遊戯「喜び組」の実態を徹底解剖

いずれにしても近い将来、北朝鮮が100万人の兵力を維持し続けるのは困難と思われる。実は、日本ではあまり知られていないのだが、北朝鮮も少子化の傾向にあるのだ。

北朝鮮で、少子化が加速している。総人口が約2300万人と、アジアでは少ない部類に入る北朝鮮において、少子化による人口減少が国家に与えるダメージは大きい。何より、朝鮮人民軍の兵力減少につながるし、そうなれば軍が担う公共事業も停滞する。

北朝鮮の少子化の原因は、慢性的な経済難もあるが、それよりは人々の意識変化によるところが大きいとされる。北朝鮮の女性らは、20代で結婚すると「早すぎる」と言われるため、30代になってから結婚するのが一般的だ。

最近では、そもそも結婚しない人も増えているという。その主な理由は、女性が商売で忙しいからだ。北朝鮮国内の情報筋が語る。

「北朝鮮の市場では、女性の商売人が主役。そのため少女から大人の女性に成長するに従い『わたしも稼がなくちゃ』と考えるようになる人が多い。逆に言うと、妊娠と出産に時間をとられると商売の流行に乗り遅れ、貧困に陥ってしまうとの危機感もある」

このまま女性らの「出産拒否」ともいえる状況が続けば、国家が受ける影響は大きい。何より、軍の兵力減少につながり、それは金正恩党委員長のパワー(権力)の源が縮小することをも意味する。

最近の朝鮮人民軍(北朝鮮軍)は、脱北兵が続出しるなど軍紀が乱れきっている。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

そのうえ数まで減ってしまっては、弱体化に歯止めがかからなくなるのではないだろうか。そして、そのことがまた、正恩氏に核兵器開発のモチベーションを与えてしまうのかもしれない。

(参考記事:「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝鮮庶民のキツい本音

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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