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「金持ちパパと不倫」も…北朝鮮で引っ張りだこの家庭教師たち

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩夫妻とモランボン楽団

北朝鮮の金正恩党委員長は「教育事業に対する国家的投資を増やして教育の現代化を実現し、中等一般の教育水準を決定的に高め、世界的水準の才能ある科学技術人材をさらに多く育てなければならない」などとして、教育に力を入れることを宣言している。

しかし、子を持つ北朝鮮の親たちの間からは「増えたのは思想教育ばかり」だとの不満の声が上がっている。

捕まれば刑務所

韓国のKBSが、2014年に入手した北朝鮮の第1次12年制義務教育綱領(高級中学校)によると、高校3年間の授業時間のうち、「偉大なる首領、金日成大元帥様の革命歴史」が160時間、「偉大なる領導者、金正日大元帥様の革命歴史」が148時間、「抗日の女性英雄、金正淑(キム・ジョンスク)お母様の革命歴史」が42時間、「敬愛する金正恩元帥様の革命歴史」が81時間で、金氏ファミリーの個人史を習う時間は431時間に達する。

英語の243時間、国語の215時間、歴史の104時間に比べると、いかに多くの時間が役に立たない思想教育に割かれているかがわかる。

(参考記事:金正恩氏の「ブタ工場視察」に北朝鮮庶民が浴びせる酷い悪口

こんな教育に不満であっても、子どもを学校に通わせないわけにはいかない。そこで、親たちは子どもを形だけ学校に通わせたり、「裏ワザ」を使って長期欠席させたりして、自宅に家庭教師を呼んで本格的な勉強をさせている。韓国の北朝鮮専門ニュースサイト、ニューフォーカスがその実情を伝えた。

両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)出身で、昨年12月に韓国へやって来たチャンさんによると、芸術大学や師範大学を出たばかりの若者は、学校の教師ではなく、家庭教師になることを目指す。

学校の教師になっても給料をほとんどもらえず、生徒の親からワイロを受け取り、糊口をしのがざるをえないからだ。一方、家庭教師は能力さえあれば、いくらでも稼げる。

家庭教師は、北朝鮮では違法だ。当局は取り締まりを行っており、摘発されれば労働鍛錬隊(軽犯罪者が服役する刑務所)送りになる。しかし、高収入を求める家庭教師と、良質な教育を求める親のニーズが合致し、取り締まりは有名無実化している。

月収は、ひとつの家庭の子どもに英語、数学、中国語、電子ピアノを教えて300〜500元(約4900〜8170円)。

デイリーNK編集部が行った、ここ1年以内に韓国へ来た脱北者へのインタビューによると、北朝鮮では現在、家族4人が文化的な生活を送るには毎月400〜700元(約6540〜1万1400円)が必要だという。2家族を顧客にすれば、充分に稼げる額だ。

英語や中国語といった外国語は、貿易関連の仕事をするのに欠かせない。一方、電子ピアノが科目に入っている理由は、勉強と同時に芸術を習っておけば将来の仕事に役立つと親たちが考えているからだ。

一方、家庭教師の増加は、不倫の増加をもたらしている。

清津(チョンジン)出身の脱北者、シンさんによると、清津芸大を卒業した若い女性は、金持ちや当局幹部の子女の家庭教師になることが多い。中には当然、美人もおり、教え子の父親がちょっかいを出す例が珍しくないという。

(参考記事:北朝鮮で「サウナ不倫」が流行、格差社会が浮き彫りに

そんなとき妻は、子どもの教育のためだと思い、大騒ぎせずに「ウラ」で解決するのだそうだ。

家庭教師として働くことは、結婚の準備の一環でもある。

シンさんの姪は、清津芸大の声楽科を出て5年間家庭教師をして、結婚に必要な費用を稼いだ。一方で、学校教師になった姪の友人は、まともな服1着すら買えず、両親から経済的な支援を受ける状況だという。

北朝鮮においては、とくに農村部に住む貧困層の女性らの窮状が知られているが、都市の大学出身者といえども、いつ転落してもおかしくない危うい環境にいるわけだ。

(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

家庭教師の需要が高まるにつれ、求められる教育の質も高まっている。子どもたちの未来のために大金を投じる親たちは、決して妥協しないのだ。家庭教師も仕事を続けるために、日々の努力が欠かせない。

このように親が子どものために家庭教師を雇い、長期間に渡りみっちり教育をするためには、学校を長期欠席しなければならない。それには、ワイロが必要となる。学校を訪ねて担任教師や教務部の担当者にワイロを渡し「病気治療で長期入院」などの名目で欠席を認めてもらう。認められる期間は、ワイロの額次第で、最高で2年まで可能とのことだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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