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金正恩氏の抱える「恐怖心」がいずれ北朝鮮を変える

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

国連人権理事会で障碍者の権利を担当するカタリナ・デバンダス・アギラル特別報告者が、2日から9日まで北朝鮮を訪問し、関連施設の視察や当局者との面談を行った。国連人権理事会の特別報告者の訪問を、北朝鮮が受け入れたのはこれが初めてだ。

アギラル氏が今回の訪朝を通じてどのような成果を得たのか、また北朝鮮における障碍者の人権についてどのような印象を抱いたのか、筆者はまだ詳しい情報を持っていない。

公開処刑も

それでもこれが、北朝鮮の人権問題におけるひとつの進歩であるということは言えるかもしれない。

北朝鮮の障碍者政策は、米国務省の人権報告書で「身体、精神に障碍を持った人々は政治的に信じられないとして、平壌から追放、収容所に閉じ込め、強制的に断種手術を受けさせている」と指摘されるなど、国際社会からの強い批判にさらされてきた。

(参考記事:小人症患者の「全員処刑」を計画していた北朝鮮

そうした圧力に耐え切れなくなったのか、北朝鮮は2000年代に入ってようやく、障碍者の人権に対する配慮を装い始めた。

北朝鮮は2003年6月に障碍者保護法を制定したのに続き、2013年7月には国連障碍者権利条約に署名した(未批准)。障碍者のスポーツ選手をパラリンピックに参加させたり、障碍者の音楽舞踊公演をヨーロッパで行ったりしている。最近完成した平壌順安空港の新ターミナルや科学技術殿堂にも、障碍者用の施設が作られた。

それで、北朝鮮の障碍者の置かれた状況はどのくらい改善したのだろうか。北朝鮮では何ら障碍を持たない人々でも、激しい人権蹂躙に苦しんでいる。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

そのような実情を考えれば、本質的な改善がなされたと想像するのは難しい。

しかし、北朝鮮当局の障碍者への配慮が、たとえ批判回避のためのポーズに過ぎないものであっても、かの国の障碍者たちが想像を絶する苦難から解放されるまでの道のりが1ミリでも縮まるのなら、それに越したことはないとすら思える。

北朝鮮メディアは、アギラル氏の活動を伝えた記事の中で、次のように言っている。

「国連人権舞台で敵対勢力がわれわれの社会主義制度の転覆を目的として『脱北者』の『偽り証言』とねつ造資料に基づいてつくり上げた反共和国『人権決議』を全面排撃し、『決議』によって出た朝鮮人権状況関連『特別報告者』は絶対に認めないというわれわれの立場は一貫している」

これは、国際社会の批判に屈したことに対する「強がり」であると同時に、今後は他の問題での特別報告者の訪問は認めないとする「予防線」でもある。

北朝鮮が批判されている人権問題には、大きく分けて2種類ある。ひとつは、決断すればただちに改善することのできる現在進行形の人権問題だ。そしてもうひとつは、もはやどうやっても取り返しのつかない、すでに犯してしまった「人道に対する罪」である。

後者には、公開処刑や政治犯収容所における国民虐殺が含まれる。

(参考記事:謎に包まれた北朝鮮「公開処刑」の実態…元執行人が証言「死刑囚は鬼の形相で息絶えた」

金正恩党委員長が最も恐れているのは、こうした「人道に対する罪」の責任を問われることに他ならない。そして、もはやそこから逃れられないことを知っているために、半ば自暴自棄になって「核の暴走」を続けているのである。

だから北朝鮮は今後も、人権問題で頑なな姿勢を取り続けるだろう。しかし内面に恐怖心を宿した金正恩氏は、少しでも自らの罪を軽くすべく、国民に対する抑圧をゆるめていくかもしれない。それにより、北朝鮮国民が「心の内の自由」を徐々に大きくしていくことができれば、今では考えられないような変化のうねりが、北朝鮮社会に芽生える可能性もあるだろう。

これこそが、核兵器開発を含む北朝鮮問題を解くカギが、北朝鮮国民の人権問題にあると言うことのできる所以なのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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