金正男氏を裏切った人物なのか…姿を消した北朝鮮ビジネスマン

金正男氏(写真:ロイター/アフロ)

北朝鮮が23日、金正男(キム・ジョンナム)氏殺害事件にはじめて反応を示した。朝鮮中央通信は朝鮮法律家委員会のスポークスマン談話を通じて、マレーシア当局が遺体を司法解剖したことに対して「自主権の侵害だ」と激しく反発。また、事件は反北朝鮮謀略騒動だとしながら韓国政府をも非難した。

もちろん、遺体が金正男氏であることには一切触れていない。死亡したのはあくまでも「外交パスポート所持者であるわが共和国の公民」とし、死因も「心臓ショックによる死亡」と主張するなど、自国の関与を全否定した。

こうした中、一部の韓国メディアが金正男氏殺害事件に関与した可能性があるとして注目する人物がいる。

喜び組を暴露され

今から20年前の1997年、北朝鮮は周到に準備を行ったうえで、喜び組など北朝鮮指導層のトップシークレットを暴露した李韓永(イ・ハニョン)氏を殺害した。

(参考記事:「喜び組」を暴露され激怒 「身内殺し」に手を染めた北朝鮮の独裁者

この事件同様、今回の犯行も事前に計画され、容疑者たちは正男氏のスケジュールを何らかの方法で把握していただろう。となると、正男氏に近い内通者がいたとしてもおかしくはない。

(参考記事:金正男氏を「暗殺者に売った」のは誰か…浮かび上がる「裏切り者」の存在

マレーシア当局は事件に関与したとして数人の名前を明らかにしている。そうした人物とは別に、韓国メディアが注目するのが、マレーシアに本社を置く北朝鮮系企業、MKPグループのハン・フニル社長だ。

ハン・フニル氏に関しては韓国の大手紙である朝鮮日報が詳細にわたって報じている。同紙の情報をまとめると、ハン氏は事件の1週間前に同国のクアラルンプール郊外、スランゴール州スリ・クンバンガンに所在していた会社から姿を消した。他の職員も出勤していないという。近隣の自動車修理工場の従業員は「北朝鮮の職員数人が深刻な表情で建物のドアに鍵をかけた後、姿を消した」と、気になる証言もした。

別の現地住民は、ハン氏は「エドワード・ハン」という名前を使っていたと証言する。朝鮮日報の情報筋によると、ハン氏は諜報要員を養成する鴨緑江大学の出身で、30数年前にMKPグループを設立し、様々なビジネスを行い年間で数百万ドルを稼ぐ人物だという。北朝鮮の貿易機関に所属していた脱北者のA氏の「朝鮮労働党の実力者だった故李済剛(リ・ジェガン)元組織指導部第1副部長が年に1度マレーシアにやって来て、ハン氏にだけ会っていた」という情報もある。

ハン氏に関しては、韓国の脱北者団体である統一ビジョン研究会も詳しい。同研究会は、韓国の情報当局は北朝鮮の外貨稼ぎの実態を調査しながら、昨年からハン氏に注目していたという。年齢は73歳で、マレーシアに30年以上在住し、北朝鮮の東南アジア外貨稼ぎ事業を統括していたという。稼いだ外貨は金正恩氏に上納されており、朝鮮労働党39号室にも定期的に外貨が上納されていた。

また、マレーシアでは、朝鮮労働党の人民奉仕総局、対外建設局、保健省、貿易省、外務省、労働省、農業省、建築大学などから派遣された職員が外貨稼ぎ事業を行っており、ハン氏はこの統括を行っていたというのだ。北朝鮮から海外へ派遣された多くの労働者の人権が著しく侵害されていることは、すでに国際社会の知るところだが、そうした分野とはちがったビジネスを展開していたのかもしれない。

(参考記事:アキレス腱切断、掘削機で足を潰す…北朝鮮労働者に加えられる残虐行為

対北朝鮮情報筋は、ハン氏について「北朝鮮で最高の金持ちとして知られるチャ・チョルマ氏(李済剛元組織指導部第1副部長の娘婿)の財産など、ハン氏の財産に比べれば爪の垢ほどに過ぎない。マレーシアの国王と親交があり、偽造パスポートを使って米国以外の世界各地を飛び回っている」と同研究会に明かした。

また、秘密警察である国家保衛省(秘密警察)もハン氏には干渉せず、労働党組織指導部がわざわざ事業総和(監査)に乗り出したことがあるという。それでも、2007年の光明星節(2月16日、金正日氏の生誕記念日)に800万ドル、金正恩氏の生誕日などの節目節目には1000万ドルを上納していると言われており、「党の中の党」と呼ばれるほど絶大な権力を持つ組織指導部といえども、ハン氏にはうかつに手を出せなかったようだ。

朝鮮日報は、金正男氏はハン氏が管理してきた秘密資金を整理するためにマレーシアへ行ったが、ハン氏を通じて正男氏の動線情報が北朝鮮側に漏れた可能性があると報じている。さらに、ハン氏は金正恩体制で自分が生き残るために、正男氏との関係を整理し、彼の情報を提供するなどの役割を果たした可能性があると指摘した。

長年海外で大規模なビジネスを展開し、本国へも多額の上納金を納めていたハン氏がなぜ急にマレーシアから姿を消したのか──ここにも金正男氏殺害事件の真相を解くカギがありそうだ。