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北朝鮮「逃げ切り」に自信か…金正男氏殺害、20年前も逮捕免れる

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

マレーシア駐在の北朝鮮大使館は22日、金正恩党委員長の異母兄・金正男(キム・ジョンナム)氏――同大使館は「キム・チョル」と主張――殺害事件と関連し、プレスリリースを配布。現地の警察当局による捜査に強い疑問を提起し、逮捕されたベトナムとインドネシアの女性容疑者らと、北朝鮮国籍のリ・ジョンチョル容疑者の釈放を求めた。

正男氏息子を「指名手配」も

大使館はプレスリリースで、「事件発生から10日が過ぎたが、マレーシア警察は逮捕した容疑者からどのような証拠も見つかっていない」とし「マレーシア当局が韓国や海外メディアによる根拠のない主張に影響を受けていないのなら、捜査において北朝鮮を尊重しなければならない」と主張した。

また、「マレーシア当局は一般に公開された、女性容疑者らが犠牲者の顔に自分の手で毒を塗る映像を根拠に捜査を行っている。ではあの女性容疑者たちは、どうして事件の後にも生きていることができるのか」「これは彼女らがイタズラで塗った液体が毒ではなく、死因は別にあることを意味している」などと指摘している。

一方、これに先立ち記者会見したマレーシア警察のカリド・アル・バカール長官は、女性容疑者らは犯行後、トイレに直行して手を洗っており、「彼女らはそれが毒だと知っていた」「犯行は計画的なもので、彼女らはそのための訓練を受けていたと強く信じている。知らなかったことはありえない」と主張していた。

現地紙の中国報によれば、女性容疑者らは「(共犯の)男が私たちにトイレに手を洗えと言った」「手に痛みを感じて頭がふらふらし、男に抗議した」「事前のイタズラで渡されたのは、おそらく普通の水だった」として殺意を否認しているというから、真偽を見極めるにはより多くの情報が必要になる。

しかしどうやら、このあたりが捜査の分かれ道になりそうだ。マレーシア警察が毒物を検出できなければ、正男氏の死因は特定されず、「イタズラ」をしただけの女性らも車やホテルを手配しただけのリ容疑者も、無罪放免となる可能性すらある。

実際、北朝鮮の工作員らは、20年前の暗殺事件ではまんまと逃げきっているのだ。もしかしたら今回も、北朝鮮側はなかなか毒物が検出されないのを見て「逃げ切り」に自信を持ち始めているのかもしれない。

(参考記事:「喜び組」を暴露され激怒 「身内殺し」に手を染めた北朝鮮の独裁者

しかし、仮にそのような展開になるとしても、北朝鮮が限りなく怪しいことに変わりはない。事件当日にマレーシアから出国した北朝鮮国籍の4人の足取りは、「計画的犯行」と正男氏を売った「裏切り者」の存在を強く疑わせる。

(参考記事:金正男氏を「暗殺者に売った」のは誰か…浮かび上がる「裏切り者」の存在

一方、これとは別に気になるのが、正男氏の息子のキム・ハンソル氏に注目が集まっていることだ。

バカール長官は、ハンソル氏がマレーシア入りしたとの情報を強く否定した。ただその事実がどうあれ、ハンソル氏が行動を起こせば、正男氏の遺体は北朝鮮当局ではなく、家族に引き渡される可能性が高い。

ここで忘れてならないのは、ハンソル氏は現在も恐らく北朝鮮国民であるということだ。北朝鮮当局はハンソル氏の行動を妨げるため、無実の罪をでっち上げて指名手配し、マレーシアを含む友好国に逮捕と引き渡しを求めることもできるのである。

(参考記事:金正男氏の息子、マレーシアでDNA採取か…「特殊部隊に変装」と報道

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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