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金正恩体制を「ネットニュース」が崩壊に導く…北朝鮮外交官、脱北記者の記事に涙

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

金正恩体制がインターネットの情報によって、大きなダメージを受けていることが明らかになった。

8月に韓国に亡命したことが明らかになった元駐英公使のテ・ヨンホ氏が27日、ソウルの政府庁舎で開催された記者懇談会で「北朝鮮の外交官がパソコンで最初に開くのが韓国聯合ニュースのサイト」と述べた。聯合ニュースは、韓国を代表する通信社だ。

LINE使えば処刑

テ氏は、「聯合ニュースの北朝鮮欄には、韓国と外国メディアが北朝鮮に関し報道したことが掲載されているから」「(外国機関などとの)接触の事前準備のため、敵(各国)がわれわれをどう見ているかが出ている」と説明。さらに、外交官らはスマートフォンに聯合ニュースのアプリを入れてニュースをチェックしているという

外交活動をするうえでの情報収集は基本であり、言われてみればさもありなんだが、元外交官の口からこのように詳細な事実が明かされる意味は大きい。金正恩氏は、LINEやカカオトークなどのコミュニケーションアプリに対する警戒を強め、「使用している住民を見つけ出し、反逆者として逮捕せよ」という指示を出しているが、こうした実情を反映したものかもしれない。

(参考記事:「LINEを使う人間はスパイ」金正恩体制が宣言)

さらに、テ氏は興味深い証言をした。韓国の有力紙に務める脱北者の記者の実名を挙げながら、「記事を読んで涙を流したことは一度や二度ではない」と語った。その記者とは、以前本欄でも紹介した東亜日報のチュ・ソンハ氏だ。

チュ氏は、人民の生活水準向上に一切のリソースを割かない金正恩体制を批判しながらも、貧しさゆえに売春を行う北朝鮮女性たちの多くが、覚せい剤を常用している悲しい現実を伝えている。チュ氏が伝える北朝鮮の庶民たちの悲惨な実情に、テ氏だけでなく家族も涙を流しながら心を揺り動かされたという。

(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

当たり前だが、エリートだからといって、北朝鮮国内の全ての情報にアクセスできるわけではない。とりわけ外交官などは、海外赴任も多いことから、一般庶民の実情を知ることは困難だ。彼らがチュ氏や韓国の脱北者が発信する生々しい情報に触れ、体制に疑問を感じるのはごく自然なことだろう。

脱北者という経歴を生かしたチュ・ソンハ記者の面目躍如といったところだ。北朝鮮エリートを突き動かしたチュ氏には、彼と同じく北朝鮮内部の情報を伝える筆者も最大限の賞賛を送りたい。

テ氏が、デイリーNKを読んでいたかどうかは不明だ。しかし北朝鮮の御用メディア団体はデイリーNKの韓国版を名指しで非難していることから、国家機関がチェックしていることはまちがいなさそうだ。また、金正日総書記の長男で金正恩氏の母親違いの兄にあたる金正男氏は、「デイリーNKの地方の情報は正確だ」と認めている。

デイリーNKジャパンは韓国版とは運営母体もコンテンツも違うが、日本でしか入手できない北朝鮮の貴重な情報も配信している。日本語のニュースでもネット経由で朝鮮語(韓国語)に翻訳しておおよその内容を把握することは可能だ。もし、北朝鮮の国家機関がデイリーNKジャパンをチェックしているとすれば光栄である。

(参考記事:金正恩氏の「ヘンな写真特集」を北朝鮮幹部が見ている

いずれにせよ、平壌のエリートや特権階級が、決して知ることのできない情報をインターネット経由で知り問題意識を持つ。そして、時には何らかの行動を起こす。情報統制を体制維持の背骨としてきた北朝鮮体制を、インターネットが大きく揺さぶっているのだ。

既存媒体では極めて困難な現象が、インターネットを通してあっさりと起きているとも言える。「ネットが社会を変える」という、今日では使い古された観もあるスローガンが、ここへきて最も当てはまるようになっているのが北朝鮮なのかもしれない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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