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金正恩氏「喜び組」見たさに革命の聖地を訪問か

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

金正恩党委員長は先月末、北部の両江道(リャンガンド)の各地を訪問し、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の部隊などの視察を行ったが、同地を訪れた真の目的は軍視察ではなく他にあるという指摘が出てきた。

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の内部情報筋は、指導部のメンバーと特閣(別荘)で会議を行うことに重点を置いたと伝えている。会議の詳細は不明だが、気になるのはわざわざ両江道で行った理由だ。

「喜び組」という特別な遊戯

両江道にある三池淵(サムジヨン)郡は、金正恩体制にとって意味深な場所だ。正恩氏は今から3年前の2013年、実質的なナンバー2として権勢を振るっていた叔父の張成沢(チャン・ソンテク)氏を粛清・処刑した。その直前に三池淵を訪れ、張氏の処刑を決意したと言われているのだ。情報筋も、「今回も処刑や粛清などの人事問題について論議したのかもしれない」と述べている。

正恩氏は張氏の処刑以降、たがが外れたように恐怖政治を加速させる。彼の残酷な処刑方法は、内部からの情報だけでなく、衛星写真などの客観的証拠が証明している。

(参考記事:「家族もろとも銃殺」「機関銃で粉々に」…残忍さを増す北朝鮮の粛清現場を衛星画像が確認

その一方で、デイリーNKの内部情報筋は金正恩氏が三池淵を訪れた意外な目的を指摘する。それは、軍に所属する「女性中隊の音楽公演」の鑑賞である。

情報筋によると、金正恩氏は軍部隊を視察した後、そそくさと移動し1045軍部隊に所属する「女性中隊」の音楽公演を鑑賞したという。注目すべきは、女性中隊が平壌の万景台(マンギョンデ)学生少年宮殿や、各地域で選抜された美貌の女性によって構成されているということだ。

メンバーが選りすぐりの美女たちであるならば、彼女らは朝鮮労働党の組織指導部護衛総局、通称「5課」により担当されている可能性がある。5課とは「喜び組」を選抜し、管理する謎のセクションだ。そして日本や韓国で喜び組と言われている女性達は、北朝鮮では「5課処女」といわれる。(※注=朝鮮語で「処女」は、未婚女性や若い女性の総称)

5課処女たちの基本的な役割は、最高指導者である金正恩氏や指導層に仕えることだ。役割も様々な専門分野に別れており、特別な夜の奉仕を専門とする「木蘭組」という集団も存在するという。

(参考記事:北朝鮮の「喜び組」に新証言…韓国テレビ「最高指導層の夜の奉仕は木蘭組」

実は、この女性中隊は金正日総書記のお気に入りだったという。正日氏は彼女らに逢いに行くという口実で、両江道を度々訪れていたとの噂もあるほどだ。2008年11月に開催された「朝鮮人民軍第32回軍務者芸術祝典」では、わざわざ平壌まで呼び寄せ、2日連続で公演を鑑賞した。5課処女を選抜・管理するシステム自体、正日氏が作り上げたとされているが、革命の聖地で活動する彼女らには特別な思い入れがあったのかもしれない。

(参考記事:将軍様の特別な遊戯「喜び組」の実態を徹底解剖

女性中隊が正日氏のお気に入りであることは全国に知れ渡り、一時は人々の話題のタネとなった。しかし、2011年に正日氏が死去してからは、人々の関心から遠ざかっていた。今回、正恩氏が女性中隊の公演を見たことは公にされていないが、父と同じくお気に入りだという情報もある。

果たして、正恩氏は新たな政治的決断をするために革命の聖地を訪問したのか。単に女性中隊の公演を見たかっただけなのか。それとも両方だったのか。いずれにせよ、指導層が権力を笠に着て女性を仕えさせ、時には慰み者にするーー女性に対する人権侵害の象徴ともいえるシステムを、正恩氏は父・正日氏から受け継いでいるのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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