金正恩氏が忌み嫌う「脱北」…逃げれば問答無用で射殺
北朝鮮から中国に脱北しようとした北朝鮮住民が、射殺される事件が発生した。金正恩党委員長が、脱北行為に対して厳しく取り締まる方針を示しているからだ。
17歳で人身売買の犠牲に
北朝鮮と中国の国境地帯、いわゆる「中朝国境」ではこれまでにも奇怪な事件や物騒な事件が起きていた。飢えた国境警備隊員が中国に越境して、略奪、強盗行為を働いたり、一般住民も越境して、密かに中国から物資を窃盗するなどトラブルが多発していた。
一部の北朝鮮軍人と中国の犯罪組織が結託した組織的な人身売買なども横行している。
中国側の売春斡旋業者と手を組む北朝鮮国内の人身売買ブローカーが、北朝鮮国内で売春に携わる女性を「中国に行けば大儲けできる」などと言って誘い、中国に送り出すのだ。売春ではないが、なかには幼くして人身売買の犠牲となったケースすらある。
(参考記事:17歳で中国人男性に売られ…脱北女性「まだまだ幼い被害者が大勢いる」)
処刑前の動画公開
そして、今回起きた射殺事件。咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、事件の顛末はこうだ。
今月中旬、道内の穏城(オンソン)郡南陽(ナミャン)労働者区から、住民2人が国境の河、豆満江を越えて中国に脱北しようとしたが、国境警備隊がそれを見つけ射殺した。問題は、射殺方法だ。
これまでは、まず3回警告しそれでも止まらなければ銃撃していたが、今回は事前警告なしに銃撃したという。極めて異例のことだが、脱北者を射殺した隊員は処罰されるどころか、副隊長から表彰されたという。やはり、金正恩氏は脱北行為に相当警戒し、なおかつ嫌がっているようだ。
そうでなくても、8月末に北朝鮮北東部を襲った台風10号(ライオンロック)による洪水で、国境警備施設が大規模に破壊され、脱北者が増えると予想されていた。金正恩氏は、水害被災地に秘密警察を派遣してまで、脱北行為を未然に防ぎ、なおかつ住民統制を強化しようとしていた。
(参考記事:水害被災地に「拷問部隊」を送り込んだ金正恩氏の狙い)
内部情報筋によると、今回の即時射殺命令には「見せしめ」効果もあるという。国境警備隊員は、射殺された2人の遺体を葬ろうとした人に対して「お前もあんな風になりたいのか」と恫喝しながら、遺体を放置させているのだ。
見せしめといえば昨年5月、金正恩氏はスッポン工場を現地指導した際、工場の管理不行き届き理由に工場責任者を処刑。公開直前の激怒の現地指導の動画を公開してまで、幹部や住民に恐怖心を植え付けた。見せしめというには、あまりにも冷酷きわまりない統治方法だ。
(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導)
金正恩氏や、彼の指示に従う治安機関にとっては、こうした方法は効果があるようだ。現地の住民たちは「昼間でも怖くて川には近づけない」と恐怖に震えている。国境地域の住民の中には、国境警備隊員と親しくしている人も少なくないが、そういう人ですら川には近づけない雰囲気だ。
しかし、脱北を厳しく取り締まることは北朝鮮全体の不利益に繋がる。例えば、国境警備が強化されると密輸ができなくなり、物価は上昇する。そして市民の不満が地方当局に向かう。また、国境警備隊自身も「脱北や密輸の幇助」という利権を失うことになるからだ。
金正恩氏が公に脱北や密輸を認めることはもちろんできないだろう。しかし、こうした不法行為が必要悪として、今の北朝鮮経済を支えているのも事実だ。なんでもかんでも恐怖で抑えつけようとする金正恩氏の統治方法はいつか綻びを見せるだろう。