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北朝鮮幹部らの間でささやかれる「金正恩はニセモノ」説

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

北朝鮮で奇妙な話が出回っているという。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、中央機関の幹部たちの間では、次のような認識が広がりつつある。

「金正恩氏はニセモノだ」

ここで言う「ニセモノ」とは、巷で言われる「影武者説」や「本人死亡説」などのガセ情報とはニュアンスが違うが、金正恩党委員長の権威は、よほど軽く見られているのかもしれない。

処刑直前の動画

北朝鮮は、祖父・金日成氏からはじまって、正日氏、そして正恩氏と70年にわたって、金一家が支配。国家的には社会主義と謳っているが、事実上の王朝体制だ。そして、世襲体制を正当化するため、金日成を始祖とする血統を、「白頭の血統」と呼びながら重んじる。

この白頭の血統に刃向かえば無論のこと、面子を汚したという理由だけで、処刑されるケースもある。例えば、正恩氏は昨年5月、大同江スッポン工場(現在は、平壌スッポン工場に改称)を視察した際、激怒し支配人を銃殺させた。そして、わざわざ処刑前の動画まで公開してさらし者にした。理由は、偉大なる将軍様の業績を食いつぶした、すなわち金正日氏の顔に泥を塗ったからだった。

(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導

北朝鮮メディアも頻繁に「白頭山の純粋な血統を守り抜く」と主張する。それにも拘らず「金正恩ニセモノ説」。実は、説は、「果たして、金正恩氏は白頭の血統の後継者としてふさわしい人物なのか」という疑問である。

金慶喜氏処刑説も

噂が広まるきっかけは、2013年の張成沢(チャン・ソンテク)粛清事件だ。張氏は、正恩氏と血のつながりはないが、彼の妻であり正恩氏の叔母にあたるのが、金慶喜(キム・ギョンヒ)氏。彼女は、金日成氏の実娘であり、先述の白頭の血統では序列ナンバー1といえる人物だ。

彼女の消息は、張氏が処刑されて以後、一切不明になる。このことから、「金正恩氏は叔母ですら処刑した」という噂がまことしやかに伝わっているのだ。ちなみに、韓国の国家情報院は今年7月、金慶喜氏について「夫の張成沢氏処刑後にアルコール中毒になり、平壌郊外で療養中」との情報を発表しているが、北朝鮮では「死亡説」が収まっていない。

金慶喜死亡説については、北朝鮮当局もナーバスになっており、国家安全保衛部(秘密警察)は、「金氏一家の家系について論じる者は厳罰に処す」との布告を出した。噂はとりあえず収まったが、裏では相変わらず死亡説、重病説、はては毒殺説まで囁かれているという。

こうしたことから、「白頭の血統は、金慶喜氏の代で潰えた」という話まで出回るようになった。さらに、金正恩氏の実母が高ヨンヒ氏であることも「ニセモノ説」のきっかけの一つだ。

正恩氏の母は大阪出身

元朝鮮労働党の幹部で韓国在住のある脱北者は、金慶喜氏が処刑されたという前提に立って、次のように語る。

「もし、金正恩が金慶喜を処刑したことが明らかになれば、白頭血統の根絶やしにしたとして、自身と妹の金与正(キム・ヨジョン)は無事では済まないだろう。だから明らかにできずにいるのだ」

「金正恩の母親が大阪出身で在日同胞の高ヨンヒであることが一般住民にも知れ渡れば、『白頭血統の継承者』であるという肩書を失いかねない」

ある脱北者は、「正恩氏は、白頭の血統ではなく『富士山血統』だ」と揶揄する。金正恩氏が、白頭の血統の継承者を強調すればするほど、在日朝鮮人である高ヨンヒ氏が実母であることが、アキレス腱となりかねない。

(参考記事:金正恩と大阪を結ぶ奇しき血脈(1)すべては帰国運動からはじまった

しかし、今時、血統を理由に世襲政治を正当化し、その面子を守るために残忍な処刑まですることがあっていいのだろうか。北朝鮮の支配層も、口では言わないものの、きっと同様の疑問を持ちながら、心のなかに反発心をもっているだろう。こうした面従腹背があるからこそ、正恩氏の沽券に関わる極秘情報のリークも後を絶たないのかもしれない。

(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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