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金正恩氏の「処刑部隊」も相次ぐ脱北事件でメンツ丸つぶれ

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

中国浙江省の北朝鮮レストランの支配人と従業員13人の集団脱北、そして昨日も本欄で伝えた貿易関係者と秘密警察「国家安全保衛部(保衛部)」要員の脱北など、金正恩体制からの脱出情報が相次いでいる。

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実は、こうした事件が明るみになる前から、筆者は金正恩氏の恐怖政治によって脱北者、とりわけ党・軍の幹部やある程度の地位にいる人々の脱北は増えると予想していた。その根拠として、デイリーNKが持つ北朝鮮内部の情報ラインから、幹部たちから脱北を匂わす声がよく聞かれるという情報をキャッチしていたことが挙げられる。

(参考記事:金正恩式「恐怖政治」で脱北する幹部は増える

かつての脱北者は、貧困層が中心だった。北朝鮮国内で餓死の恐怖に脅えるなら、リスクを冒してでも、中国、そしてあわよくば韓国へ行こうという人々が多かった。しかし、この数年間は、それなりの地位にある北朝鮮人の脱北が増加している。もっとも、なかには韓流ドラマの中の世界にあこがれを抱き、韓国に行きたがる、いわば「カジュアル脱北」を考える北朝鮮の若者もいるぐらい動機は多様化している。

(参考記事:北朝鮮の若者、「韓流スターに会いに行きたい!」

そんな中、北朝鮮北部、咸鏡北道(ハムギョンプクド)茂山(ムサン)郡で、またもや7人の集団脱北事件が起きたとデイリーNKの内部情報筋が伝えてきた。

情報筋によると、4月15日の夜、2家族の計7人が忽然と姿を消してしまった。ここまでなら、とりたて珍しい話ではないが、問題は、脱北した日が4月15日、すなわち北朝鮮で民族最大の祝日とされている故金日成主席の生誕記念日「太陽節」に事件が起きたことだった。

北朝鮮当局は、この日の前後は特別警戒週間として、国境警備隊、人民保安署(警察)、保衛部に加えて、民間団体まで動員しながら、三重四重の厳戒態勢を敷いていた。それにもかかわらず、みすみすと脱北を許してしまったというわけだ。

「偉大なる首領様」の記念日に起こった集団脱北事件によって、金正恩第1書記、そして保衛部のメンツは丸つぶれだ。なぜなら、金正恩氏は国民の脱北防止を厳命しており、それを担っているのが保衛部だからだ。ちなみに保衛部は、脱北防止だけでなく、数々の大物幹部を粛清・処刑に追いこんだ金正恩式恐怖政治の実行部隊でもある。法的手続きなしの逮捕権を持ち、政治犯収容所に入れたり、死刑に処することができるなど強力な権限を持つ。

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保衛部は、これまでも最高指導者のスキャンダルを描いた韓流ドラマを密売した罪や、脱北を幇助した国境警備隊隊員、一般住民を政治犯収容所に収監したり、処刑してきた。今回も、「脱北すれば『三代滅族』(三世代を皆殺し)にする」という、恐ろしい内容の講演を行いながら、住民たちの脱北を防ごうと躍起になっている。まさに、恐怖政治の実行部隊であり、金正恩氏の処刑部隊とも呼べる存在なのだ。

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それだけに、もしかすると北朝鮮の大衆は、日頃から権勢を振るう保衛部と金正恩氏のメンツを無慈悲に粉砕した脱北者たちに拍手を送っているかもしれない。言い方を変えれば、相次ぐ集団脱北事件は、単なる北朝鮮からの逃亡ではなく、恐怖政治で住民たちを抑えつけ、幹部たちを無慈悲に粛清・処刑する金正恩氏の暴走に対する北朝鮮国民の抵抗との見方もできるのだ。

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デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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