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金正恩氏の「処刑要員」までが逃げ出し始めた

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

北朝鮮で、「脱北の連鎖」が静かに進んでいる。今月8日に明らかになった中国浙江省の北朝鮮レストランの支配人と従業員13人が集団脱北した事件は、世界中に衝撃を与えた。合法的に海外に派遣される美貌のウェイトレスたちが、リスクを覚悟で脱北を選んだという事実は、金正恩体制の脆さを物語っていることは本欄でも指摘した。

(参考記事:北朝鮮レストラン「美貌のウェイトレス」が暴く金正恩体制の脆さ(1))

そして3月末、北朝鮮の秘密警察「国家安全保衛部(保衛部)」の要員と貿易関係者が集団脱北していたと米政府系のボイス・オブ・アメリカ(VOA)が報じた。

貿易関係者の方は、5歳の男の子を含む2家族10人。旅行や親戚訪問を理由にして、まずは家族を中国に送り出した。そのうえで、自分たちも貿易の仕事という名目で出国し中国で合流してから韓国大使館に助けを求めた。しかし、大使館側が保護を断っている状態で、彼らは中国南部の某所で身を隠しながら、韓国入国の機会を待っているという。

脱北の動機は、制裁の影響で貿易の業績が悪化し、上納金の資金繰りに苦しめられたことだという。制裁による経済的な理由、そして合法的に北朝鮮を出国できる身分という点では、北朝鮮レストラン集団脱北事件と共通する点がある。

一方、保衛部要員の脱北の動機は明らかになっていない。あくまでも筆者の推測だが、ここでも制裁が関連していると思われる。住民を監視し統治するのが保衛部の役割だが、最近ではビジネスに参入している。制裁の余波で、上納金集めがままならい、もしくは展望を見いだせないことから、脱北を選んだことは十分にあり得るだろう。

保衛部は、金正恩第1書記に最も忠誠心を持ち、金正恩式「恐怖政治」の実行部隊として、これまでも数々の大物幹部を粛清・処刑に追いこんだ。北朝鮮の全国民に対する影響力は絶大で、法的手続きなしで逮捕し、政治犯収容所に入れたり、死刑に処することができるなど強力な権限を持つ。北朝鮮における人権侵害の総本山であり、今もなお人権侵害を拡大再生産しているのだ。

北朝鮮レストラン従業員、貿易関係者、保衛部要員のいずれも、北朝鮮国内の地位は決して悪くはない。そうした立場の北朝鮮人たちの脱北者が相次いでいることは、とりもなおさず金正恩体制の求心力が徐々に低下していることの表れかもしれない。もちろん求心力の低下を招いた最大の原因は、制裁覚悟で核とミサイルを強行したり、多くの幹部を粛清・処刑する金正恩氏の暴走っぷりと稚拙な政治手腕にあることは言うまでもない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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