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抗議する労働者を戦車で轢殺…北朝鮮「人道に対する罪」の実態(3)

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
朝鮮人民軍の戦車部隊

北朝鮮の人権問題を担当する国連特別報告者が、金正恩第1書記に対して「人道に対する罪」を問う可能性を強調している。しかし金正日氏は、まだ30代の半ばでしかない。

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実際のところ、その罪のほとんどは彼の祖父(金日成)と父親(金正日)によって重ねられたものだ。彼らは政敵や反対派を「血の粛清」でことごとく葬り去ってきた。

(参考記事:同窓会を襲った「血の粛清」…北朝鮮の「フルンゼ軍事大学留学組」事件

犠牲者の中にはもちろん、一般の国民も含まれている。

たとえば、黄海製鉄所の虐殺事件がそうだ。韓国の各メディアに掲載された脱北者の証言によれば、事件は次のような経過を辿った。

(参考記事:抗議する労働者を戦車で轢殺…北朝鮮「黄海製鉄所の虐殺」

事件が起きたのは、北朝鮮が未曾有の食糧難「苦難の行軍」の真っ只中にあった1998年。その数ヶ月前、製鉄所の支配人らは、10万人近い従業員の食料を調達するため、圧延鉄板を中国に輸出してトウモロコシと交換しようと決断。圧延鉄板は軍需用であるため、中央政府に報告せず事を進めた。

中国への売り込みは成功裏に運び、黄海製鉄所所有の船は大量のトウモロコシを積んで戻ってきた。

ところが港に着いた瞬間、乗っていた幹部や乗組員全員が軍の防諜機関に連行されてしまう。従業員たちはトウモロコシの到着を喜ぶ一方で、逮捕情報に憤りを隠せなかった。

結局、幹部8人は公開銃殺されることになった。刑場に連行されてきた彼らは、目隠しをされた上にひどい拷問を受けたせいか、まともに歩けない様子だった。見守る人々の間から、「私腹を肥やすためじゃなかったのに銃殺はひどすぎる」とのささやきが漏れた。

8人は柱に縛りつけられたまま、自動小銃で数十発の銃弾を浴びた。銃声の残響がやむと住民たちがあちらこちらで「銃殺なんてひどいじゃないか」と騒ぎ出した。

ある中年女性はマイクを手に、こう叫んだ。

「こんなに無残に銃殺するなんて!生産を増やして偉大なる将軍様(金正日氏)に喜びを差し上げようという思いで幹部たちはトウモロコシを持ってきたのに、方法が間違っていたら処罰すべきとはいえ、銃殺までするのはあまりにもひどいです。労働者を食べさせるためにやったことで私腹を肥やすためのものではなかったのに…」

すると、防諜機関の要員が、死刑囚の縛りつけられていた柱まで彼女を引きずって行き、遺体を足で蹴ってどかせて彼女を縛りつけ、9発の銃弾を撃ち込んだ。わずか数分の間に起きたあまりにも恐ろしい光景に、住民たちは一言も発することができなかった。

翌日午後、当局の非道ぶりに憤った製鉄所の労働者たちが、死を覚悟して製鉄所内で抗議活動を始めた。

数千人の労働者たちは座り込み「これ以上幹部を処刑するな」「幹部は労働者と製鉄所のために正しいことをした」とシュプレヒコールを叫んでいた。自分たちの要求が聞き入れられるまで座り込みを続けるという労働者たちを見て、「さすが街が誇る製鉄所の労働者たちだ」と市民たちは頼もしく感じていた。

すると翌朝、街に轟音が轟いた。10数台の戦車が街を走り回っていたのだ。米国との戦争が始まったと思った市民たちが戦車の後に続いた。戦車に守ってもらおうという思いで。

ところが、どういうことか戦車は製鉄所の壁を壊して中に入っていった。数百人の軍人も後に続いた。しばらくすると製鉄所の中から轟音と悲鳴が聞こえた。

座り込みを行っていた労働者の集団に戦車が突っ込んだのだ。

数十人の労働者が戦車のキャタピラに轢き殺され、あたりにはバラバラになった遺体が散乱していた。家族の変わり果てた姿を見つけた人々があちこちで慟哭していた。その光景を見た市民たちは恐怖のあまり凍りついていた。

労働者たちは銃を持った軍人に包囲され「すぐに解散せよ」との命令が下されたが、彼らは一歩たりとも動こうとしなかった。

すると突然、号令が下された。労働者たちに向けて発砲が始まり、戦車が突っ込んだ。労働者たちはほうほうの体で逃げ出したが、多くが銃弾に倒れ、あるいは戦車のキャタピラに巻き込まれた。

街には事実上の戒厳令が敷かれ、「南朝鮮のスパイとグルになった連中が黄海製鉄所の設備を破壊した」「首謀者を人民の名のもとに裁く」との布告が貼りだされた。

多くの市民が逮捕され、3人が公開銃殺された。

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犠牲者数は定かではないものの、現場で数百人、その後の収拾過程も合わせると、1200人以上が犠牲になったとの説もある。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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