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北朝鮮「大物将軍」亡命説のミステリー

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏と亡命説のあるパク・スンウォン上将(金正恩氏の右肩後)

韓国の情報機関、国家情報院(国情院)は20日、与野党議員に対し北朝鮮情勢などについて報告した。

それによると、今年に入り北朝鮮の海外駐在官20人が韓国へ亡命したという。その中には、金正恩氏の統治資金を管理する高級幹部も含まれているとされる。

この情報についてはデイリーNKジャパンも独自に把握していたが、件の高級幹部が韓国にどのような情報をもたらしたかについては、国情院のガードが固くなかなか知ることができない。

それにも増して気になるのが、朝鮮人民軍「大物将軍」の亡命説の真偽だ。

韓国紙、東亜日報系のテレビ局・チャンネルAは7月3日、北朝鮮のパク・スンウォン朝鮮人民軍上将が4月末~5月初めごろ、ロシア・モスクワにある第三国の大使館に駆け込み韓国に亡命を申請したと報じた。

これは、玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)前人民武力部長の粛清時期と重なる。同僚が、大口径の高射銃で文字通り「ミンチ」にされ殺されたと知れば、いかなる大物と言えど亡命に走ってもおかしくは無い。

パク氏は、朝鮮人民軍総参謀部の副参謀長などを歴任した人物で、事実なら北朝鮮の軍事機密が韓国に筒抜けになっていることを意味する。

これに対し北朝鮮メディアは、亡命説は「対決に狂った者どもの虚しく馬鹿げた夢」であるとして、猛然と反論している。

7月26日には北朝鮮のテレビが、パク氏の登場する記録映画を放映。国内で健在であるかのようにアピールした。しかし、パク氏の登場場面は2013年に撮影されたものであり、亡命説を否定する証拠にはならない。

筆者も個人的にパク氏亡命説には確信を持ちきれないのだが、北朝鮮が本人の現在の姿を見せようとしないのはやはり怪しい。

敢えて亡命が事実であると信じるならば、次のような仮説が成り立つ。

パク氏はモスクワで第3国の大使館に駆け込んだが、北朝鮮と親密さを増しているロシアが韓国への出国を許さない。北朝鮮はロシアを信頼し、「本人は国内にいる」と強弁。一方、どうにかしてパク氏を連れ出したい韓国政府は、ロシアを刺激すまいと極秘を貫いている――。

本当にこうなら、スパイ小説を地で行く展開と言える。

いずれにせよ、金正日時代をはるかに上回るペースで幹部が虐殺されている現在の北朝鮮からは、どのような大物が逃げ出しても不思議ではない。

そして、その事実は衛星画像で外部世界においても確認されている。

それだけにこちらとしても、どのような「亡命説」に対してもいったんは信ぴょう性を感じていしまうのである。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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