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どん底の北朝鮮経済をリードする「赤い資本家」たち…不動産に土木事業まで

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の女性(参考写真)

「北朝鮮では働ける住民全てが商売人と思ったらいい」

筆者は、北朝鮮と中国の国境、いわゆる中朝国境をたびたび訪れているが、こうした言葉をよく聞く。北朝鮮は、90年代の最悪な経済状況から脱しつつあるが、その牽引力となっているのが、市民経済と「赤い資本家」だ。国家が主導すべき経済が機能せず、市民経済が国家経済を凌駕し、そして支えている。もちろん、そうしたなかで「勝ち組」と「負け組」が出てくるのは必然だ。

その「勝ち組み」である「ドンジュ(金主)」と呼ばれる新興富裕層が数十万人に達しているという。韓国の慶南大学で10日に開催されたセミナー「北朝鮮のビジネスと金融(韓国極東問題研究所主宰)」で明らかにされた。

セミナーの発表者の一人、慶南大学のイム・ウルチュル教授は「北朝鮮の私金融市場の主体はドンジュ(金主)だ。数十万人の赤い資本家が北朝鮮で育っている。彼らが北朝鮮経済を牽引している」と語った。

私金融市場とは、韓国固有の表現だが、日本でいうところの「貸金業」と「闇金」をあわせたようなものだ。しかし、北朝鮮の「赤い資本家」は必ずしも、日本語の「闇金」という言葉から連想されるようなダークな存在ではない。

彼らは、北朝鮮国内では「社会主義資本家」とも呼ばれる。現地にいるデイリーNKの情報提供者によれば、「わが国ではもともと、資本家、地主と言えば搾取の代名詞として使われてきたが、そこに『社会主義』と付けると『人民の食い扶持を与える』という良い意味になる」のだという。

ドンジュが北朝鮮の不動産投資ブームをけん引しているということは、これまでにも指摘してきた。北朝鮮の体制に大きな変化が起きた場合、現地の不動産市場には日本や韓国からも投資が流入することになるだろうが、そのときのビジネスパートナーは、まさに彼らドンジュかも知れない。

ドンジュはほかにも、様々な事業に進出している。たとえば、建設資材用の川砂を採取するドンジュは自らを「船主」と称し、いくつもの層に分かれたビジネス・フローを、総合的に管理している。

砂採取ビジネスを始めるには、まず砂採取用の船を建造しなければならない。そのための資材は「船主」が市場で調達して建造は国営工場に依頼する。

次に「船主」は人材の確保にあたる。親戚や家族、あるいは知り合いで有能な者がいれば声をかけて事業総括責任者に任命する。また、体格のいい20~30代男性を雇用し、川底から砂を引き上げる作業に当たらせる。

その他の様々な工程のために、「船主」は数十人を雇用。最低でもコメ1キロ、重労働の担当者にはコメ10キロの日当を払っているという。こうなれば立派な投資家であり、実業家である。

そして、彼ら「社会主義資本家」が旺盛に活動するようになったことを受けて、日本の公共土木事業にも見られるような「利権調整構造」が、すでに誕生している。

「勝ち組」であるドンジュは利権構造に食い込むため、負け組や一般住民から反発、つまり「やっかみ」を買うこともある。また、貧富の格差も生み出した。しかし、一般住民はこう言うのではある。

「同じ商売をやっても、国のヤツらは商売のイロハを知らず収奪するばかり。ドンジュからは見返りがあるだけにまだマシだ」と。

もはや彼らの存在なくして、北朝鮮経済は成り立たないのである。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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