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北朝鮮ロイヤルファミリーがそろい踏み…お家騒動は?噂の正男氏は? 

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
養苗場を視察した金正恩氏と与正氏(一番右)/2015年5月29日付労働新聞より

先週から今週にかけて、北朝鮮のロイヤルファミリーが大いに日韓のマスコミを賑わせた。

まず、金正恩氏の実兄の正哲氏(キム・ジョンチョル)氏が、イギリスのロンドンに現れる。正哲氏の動静が明らかになるのは、兄の金正恩氏が北朝鮮の最高指導者となってからは初めてだけに注目されたが、キャッチされた場所がエリック・クラプトンのコンサート会場だったというのはなんとも彼らしい。

今回も含めると過去3回もクラプトンのコンサートでキャッチされていることから、ことのほかクラプトンさんに心酔しているようだ。また、北朝鮮国内で「新星組」というロックバンドを組むよう指示したと伝えられている。北朝鮮国内で大人気のガールズバンド「モランボン楽団」は、正哲氏にとっては、やはり物足りないようだ。

もちろん、彼も自分の姿がキャッチされることを覚悟のうえで、わざわざ英国のコンサートに訪れたのだろう。金正哲氏については、高級幹部の子弟の私的な派閥「烽火組」のリーダーと言われている。つまり、権力の表舞台で活躍するのではなく、あくまでも影の存在として金正恩体制を支えていくという役割だ。

久々に正哲氏が姿を現したと思ったら、今度は妹・与正(ヨジョン)氏が、47日ぶりに公式舞台に姿を現した。動静が確認されるのは先月12日以来だが、与正氏に関しては韓国の国家情報院が「金日成大学の同級生と結婚して、5月中に出産する」と分析していたことからその体型に注目が集まった

確かに、以前から比べると体型がふっくらしていることから「出産したと見られる」と複数の日韓メディアが伝えた。しかし、体型の変化は3月ぐらいからで現時点で出産したかどうかを断定できない。

いずれにせよ、北朝鮮を支配する「金一族」兄弟がそろい踏みである。正哲氏は、意図的に姿を見せたというより、メディアがキャッチしたわけであり、意味合いが違ってくるが、3人兄妹の姿を見ていると、金正恩体制がより「王朝体制」のような国家運営をしていくと見られる。

3人の父である故金正日氏は、叔父である金英柱(キム・ヨンジュ)氏や異母弟の金平日(キム・ピョンイル)氏と熾烈な後継者争いを繰り広げた。こうした過去から、3人兄妹で「お家騒動が勃発か?」という見方も出てくるかもしれないが、むしろお互いが役割分担をしているのではないかと思われる。

3人とも一時期スイスに留学しており、ある程度は世界の流れを把握しているはず。だとするなら無用な権力争いをして危機を招くより、結束して「金一族体制」を維持していく方向で結束しているように見られる。あくまでも想像だが、正哲氏は「政治の表舞台は弟(金正恩氏)と妹(金与正氏)にまかせて自分が裏方として体制を支える。その代わり好きなこと(エリック・クラプトンのコンサートに行く)をやらせてもらうよ」というようなお互いの了承があるのかもしれない。

最近、玄永哲氏の処刑をはじめ、無慈悲な粛清が相次ぎキナ臭い匂いが漂っているが、「金王朝」という意味ではそれなりに安定しているように見られる。だからといって北朝鮮という国家が今後も安定的に運営されているのかは別問題だ。

最後に、もう一人忘れてはいけない「キーパーソン」について記しておきたい。そう、長男の金正男(キム・ジョンナム)氏だ。ディズニー・ランド事件で有名な金正男氏だが、なぜか日本のネットでは人気があり「俺たちのマサオ(正男)」と親しまれている。彼は一体、どこで何をしているのか。

正男氏を知る複数の情報筋からは、健在であると伝わってきている。日時や場所など詳細は明らかにできないが、ほんの少し前も東南アジアの某国で不自由なく元気に過ごしていることが確認出来た。周囲からは「北朝鮮政治に興味がなさそうだ」と話しを聞くが、例えば筆者が編集長を務めるデイリーNKに対して「地域情報や市場情報は正確だ」と評したことがある。政治に興味はないと言いつつも、北朝鮮の実情については何らかの思いを持っているようだ。

ただし、よく言われるように北朝鮮を見切った中国が正男氏を担ぎ出して、亡命政権を立ち上げる、もしくは北朝鮮に送り込んで中国に都合のいい革命政権を樹立するというストーリーが語られるが、現状はそんな単純なものではないだろう。

正男氏は行く先々で非常に人格者として評価が高い。一部の人は「彼のような人物が北朝鮮を率いたら、よりより国家になる」と評する人もいる。そうした周囲の「期待の裏返し」ともいえる好評価を金正男氏自身はどのように捉えているのだろうか。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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