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北朝鮮脱北兵士が4人を殺害 中朝国境で一体何が 

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

中朝国境で殺人事件が発生

先月27日、朝鮮人民軍の脱走兵(26)が中国側の民家を襲撃し、朝鮮族の住民4人が殺害されるという事件が延辺朝鮮族自治州和龍市郊外で発生した。

韓国紙・東亜日報(電子版)によると、事件は12月27日午後7時半ごろ、和龍市南坪鎮南坪村の朝鮮族が住む民家に脱北兵士が侵入。2軒の民家で2人を射殺、2人を撲殺した。腹ペコの兵士は民家で食事をした上、中国元を奪って逃げたが、28日午前0時すぎに中国軍と警察の追手が兵士の腹部を撃たれ、病院に運ばれたが死亡した。

中国メディアは一連の事件を一切報道しなかったが、中国外務省副報道局長が定例会見で外国メディアに「朝鮮側に抗議した」と明かし、事件の発生を公式に認めた。

一体中朝国境で何が起きているのか。事件発生当時、偶然にも現場近くを訪れていた男性から緊急配備が敷かれた恐怖体験を聞くことができた。

事件発生翌日に現場にいた北朝鮮マニア

「中国当局が放ったシェパード犬に追い掛けられた。中国の公安に1時間で5回も検問に遭い、射殺されそうになった」

そう語るのは日本人の北朝鮮マニア(38)の男性だ。「三度のメシと同じぐらい北朝鮮が好き」という男性は十数年来、延辺に足を運んできた。やはり北マニアの友人と案内人(ガイド)、運転手の4人で普通乗用車に乗り、南坪村の外れにある高台を目指していた。

一行が、南坪村に入ったのはこの逮捕劇から数時間後の28日午前だったが、周辺はものものしい雰囲気だったという。

「そこかしこに公安(警察)のパトカーが走り回り、ガイドが『確実に何かが起きている』と警戒し始めた」

高台から一瞥できる茂山鉱山

北朝鮮の茂山鉱山
北朝鮮の茂山鉱山

高台からは鉄鉱石の採掘で有名な北朝鮮の町・茂山が一望できるポイントがある。

「煙突はあるが煙が出ていない密集した住宅が中心で、10年以上前から街の風景はほとんど変化がない。今回唯一変わったのは、『犬小屋』と揶揄される北朝鮮側の国境警備隊の詰め所が、どこも改築されて、青と白のペンキで目立つようにペイントされていたことだ」と語る。

以前は掘っ立て小屋や土中に穴を掘って銃眼だけ開けただけだった詰め所も、すべて建て直されていたのが目についたという。

また、「夏に雨が少なく、豆満江の水位がかなり低かった。しかも凍結しているので、いつになく渡河には向いていた」というが、「ここ数年で中国側は国境沿いに鉄条網を張り巡らせた。だから簡単に密貿易や脱北ができるような状態ではない」と男性は付け加えた。

武器を持った脱北者が逃げた!

同じ高台には中国人観光客も来て、スマートフォンで写真を撮っていたが、やはり妙な空気に気付いていた。観光客が雇っていた運転士は「武器を持った脱北者が逃げてきたようだ」と言い残し、足早に立ち去ったという。

「現場の南坪村の民家には警察官が現場検証をしている姿が見えた。すぐ近くで検問のパトカーに呼び止められ、『全員の身分証を出せ』と求められた」と男性は語る。さらに車を進めるとシェパード犬が男性らが乗った車に飛びついてきた。

「道端には中国の軍人2人が立っていた。『危うくシェパード犬をひき殺すところだった』と運転手がビビっていた」。

その後も10分おきに検問があり、「寝たフリをしていても、わざと中国語で話し掛けてきて、答えられないとドアを開けられた。警官はホルスターに手をかけ、いつでも射殺できる姿勢で、慎重に尋問をしてきた」。

極めつきは最後の検問となる和龍市街に戻る有料道路の入り口。「15人ぐらいの兵士全員がマシンガンと防弾チョッキを装備し、こちらに向かってきた。パスポートを凝視して『日本人が何しに来たんだ』と、妙にいぶかしがった」。

当局のターゲットはあくまで北朝鮮の脱北者。日本のパスポートを見せると、尋問はするが、いずれも通過は許してくれたという。だが、「案内人が『もしパスポートを忘れたらどうなっていたか…』とヒヤヒヤしていた。多分、連行されて手荒な目に遭っていたに違いない」と、男性は中国当局の本気度に恐れ入った様子だ。

「豆満江の上を歩く人影が見えた。越境するような素振りを見せていたが、やはり軍人だった」と、男性は脱北した兵士以外にも、茂山付近で軍人が氷上をウロウロする姿も目撃している。男性の案内人は「やってくるのは軍人が多く、食料のなくなる時期の事件は珍しい話ではない」と断言したという。

中朝国境の冬はいつになく緊張に包まれている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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