高校生の「政治参加」は届出制にすべきか~むしろ積極的に「政治力」アップの教育を!

(写真:アフロ)

愛媛県教育委員会が県立高校に示した校則の変更例が議論を呼んでいます。届け出を必要とする項目に「選挙運動や政治的活動への参加」を追加する例が出されています。これはあくまで参考資料としていますが、教育委員会から「例」として出されるなら、かなりの学校が従いそうです。

ここで問題は「政治活動」の定義です。私たちが日常している営みはほとんどが政治活動に関わります。国会を政治活動の総本山としましょう。国会で話されていることは広範囲に及びます。高校や大学の支援や授業料、給食補助費、クラブ活動、アルバイトなどなど、高校生にも重要なことが話されます。SMAPの解散騒動まで議論されました。環境問題や地域づくり、経済活動、地域の安全、未成年犯罪なども「政治」で議論されます。

そうした議論に入ることも「政治活動」なのでしょうか。一人で考えるならOKだが、数人以上になると「政治活動」となるとどこかの独裁国と同じようになります。若者の政治への無関心が問題になっています。若者が自分の利益だけを考え、社会づくりに興味を持たなくなったら、この国の未来は暗いのです。これはほとんどの人が分かっていることでしょう。欧米では若者の政治参加はほどんど自由に行われます。アメリカ大統領選挙でさえ、若者のパワーが結果を大きく動かします。

日本では高校生の選挙活動を規制するのはありえるとしても、政治活動を制限する行為は結局、社会にとってマイナスにしかなりません。政治活動の届出として、一体どのレベルから届出をする必要があるのでしょうか。学習会は問題でしょうか?パーティ的な集まりの中で政治的な話題を取り上げたら政治活動でしょうか?パレードの中で政治的なスローガンがあれば、そのパレードに参加したら政治活動をしたことになるのでしょうか?パーティに政治家がいたら政治活動にあたるのでしょうか?

グレーゾーンがあまりに大きいのです。結果としては、危うきに近寄らず、の行動が形成されます。「政治」は汚いもの、「政治」は関わってはいけないもの、「政治」に関われば問題視される、というイメージが残ります。

社会づくりが政治だと思っています。むしろ、これは若いうちからトレーニングされるべきものです。 教育の話では偏りを出来るだけ避けて、自由な判断ができる能力を培うことは重要です。討論やディベートなども取り入れることは大切でしょう。そうした話題から生徒を遠ざからせるのではなく、逆に関心を持たせることこそ、教育Nの場が取り組むべきことでしょう。「政治」が汚いのではなく、汚い「政治」が問題なだけです。

一部の人だけが行う政治ではなく、より多くの人が政治に関心を持ち、政治を判断できる能力、政治を行う能力を獲得して、よりよい社会をつくることが必要です。 高校生の「政治活動」の届出制などという分かりにくいことをして、若者を更に政治から遠ざけるころはぜひともやめてほしいと思います。