核の被害者を増やさないために~広島・長崎、マーシャル、福島を結ぶ試み

マーシャル諸島、福島、タヒチ 写真提供:ピースボート

核による被害となるとまず頭に浮かぶのは広島・長崎での被爆者です。私にとっても広島・長崎の被爆者の問題はライフワークといえます。核の被害を明らかにし、核兵器をなくしていくための研究と活動を行っていきます。同時に、核の被害者とは広島・長崎の原爆被害に限定されるものではないこともしっかりと認識することが大切です。

核兵器が開発され、世界は「核時代」に入りました。世界で大量の核兵器が製造されるということは、ウラン採掘から核兵器の研究・製造、 核実験の過程で放射能汚染があり、被曝が存在します。また原子力発電の普及から発電と使用済み燃料の再処理の過程や原子力発電所の事故などで被曝が生じてきました。この放射能汚染と人間の被曝はさまざまな形で世界中に広がってきました。

核の被害者として、核実験による被害者と原子力発電所の事故による被害者に焦点をあててみましょう。

A.核実験による被害者

核兵器保有国は、1945年に初めての核実験が行われて以降これまでに、主として冷戦期に約2000回の核実験が行われています。私も学生時代、核実験があると広島の原爆慰霊碑の前で抗議の「座り込み運動」に故森滝一郎先生や故宮崎安男氏らと行っていました。

この被害がクローズアップされたのは、1954年の3月から5月にかけて太平洋のマーシャル群島のビキニ・エニウエトク環礁で、6回にわたり行われた水爆実験による被害でした。最初の実験は 「ブラボー実験」 と呼ばれ、 3月1日にビキニ環礁で行なわれました。この実験で日本の漁船・第五福龍丸をはじめ日本の多くのマグロ漁船が被爆し、 これを機に日本の原水禁運動が広がっていきました。日本の漁船の乗組員だけではありません。ロンゲラップ、 ウトリック、 ビキニ、 エニウエトクの住民も被曝し、健康被害とともに、住み慣れた島を離れざるを得ない状況に追い込まれ、大きな打撃を受けてきました。マーシャル諸島での核実験はそれ以前からも行われ、またその後も継続されます。アメリカだけではありません。太平洋ではイギリスが56年からクリスマス島で核実験を行なっていますし、 フランスは仏領ポリネシアで66年から核実験を行なってきました。非常に多くの核の被害者が生まれたのです。

ソ連も多くの核実験を行ってきました。カザフ共和国のセミパラチンスク実験場がよく知られています。住民に放射性降下物の危険性を知らすことなく、何度も核実験を行いました。甚大な被害が出ました。

中国もロプノールの核実験場などで核実験を行っています。中国の核実験の被害はほとんど公表されていません。ウイグル、 カザフ、 キルギス、 東トルキスタンと国境を越えて、相当な被曝による被害があると推察されますが、本格的な調査は行われていません。行われているのかもしれませんが、公表されていません。大きな人権問題の一つと言えます。

B.原子力発電所の事故よる被害

原子力発電所の事故による被曝も大きな社会問題となっています。1979年3月28日のアメリカ・ペンシルバニア州スリーマイル島の原発事故、 86年4月26日に起ったウクライナとベラルーシ国境近くにあるチェルノブイリ原発事故などが知られています。原子力発電所の事故は、状況によっては核実験以上に大量の放射性物質を放出します。チェルノブイリの事故では数千キロに渡って、深刻な核被害が報告されました。私はチェルノブイリの事故の時にはスウェーデンに滞在中でした。家族は2週間、家の外に出なかったことを覚えています。

そして、5年前の福島での原発事故も特記すべきものです。2011年3月11日に東北地方太平洋沖地震による地震動と津波の影響により、東京電力の福島第一原子力発電所で炉心溶融など一連の放射性物質の放出をともなった原発事故が発生しました。まだ十分にこの事故による核被害は把握されているとは言えません。支援とともに、被害の究明が必要です。

総じて言えることは、放射能で汚染された地域をの人びとに、 放射能被害がどのくらいあったかがまだ明らかにされていないことです。またその人々の苦しみが世界の人に知らされていないことです。補償も十分でありません。こうした核の被害者を増やさないためにも、「知ること」「知らせること」「活動すること」が必要です。

4月2日(14:00~17:00)に東京大学駒場キャンパス18号館4階 コラボレーションルームにて参加型シンポジウム「核被害者と考える民主主義」が開催されます。核災害に共通の問題として、被害者の切り捨てや差別、情報隠蔽、人権侵害などがあります。「民主主義」をキーワードとして、過去と現在を分析し、これからの課題を議論します。参加型の手法を取り入れた分科会を含むプログラムです。核被害の問題を包括的に議論しあうものです。詳細は、http://peaceboat.org/12580.html 「核被害者と考える民主主義」から得ることができます。

核の被害を明らかにすることは、核の闇を明らかにすることにつながります。森滝一郎先生が常に繰り返されていた「核の連鎖を人間の連鎖が打ち破らなかればならない」の言葉が思い出されます。