3.1ビキニ記念のつどい2016が開催される~核兵器の被害者を防ぐために何ができるのか

 2016年2月27日に東京スポーツ文化館にて「3.1ビキニ記念のつどい2016」が開催されました。マーシャル諸島ビキニ環礁でアメリカによる核実験が行われ始めたのは1946年7月。今年はマーシャル諸島での核実験の開始から70年ということになります。原爆実験、水爆実験が数十回にわたりマーシャル諸島ビキニ環礁やエニウェトク環礁などで行われました。そうした島々に住んでいた人、近くで漁船に乗っていた人など多くの人が被曝し、大きな被害を受けました。太平洋ではイギリスやフランスも次々と核実験を行なっていきます。アメリカ、イギリス、フランスが1946年から1996年の間に行った核実験の数は310回。核兵器によって被害を受けたのは、広島、長崎の被爆者だけでなく、太平洋での核実験をはじめ、ネバダやセミパラチンスクなどでの核実験での被曝者もいるのです。

 日本では、1954年3月1日にビキニ環礁で行われた水爆実験での被害が知られています。「ブラボー」と名付けられたこの水爆実験は、ビキニ被災、第五福竜丸事件などと呼ばれてきました。このビキニ水爆事件は広島、長崎に続く核兵器による被害を世界に告発する機会となりました。広島、長崎の核被害はアメリカ軍を中心とした進駐軍による隠蔽があり、なかなかその非人道性が告発されることができませんでした。このビキニでの被災は日本においても原水爆禁止運動の出発点ともなりました。

 「3.1ビキニ記念のつどい2016」では、第五福竜丸平和協会理事の奥山修平氏の挨拶の後、フォトジャーナリストの豊崎博光氏による「太平洋核実験を概観する」、太平洋各被災支援センターの山下正寿氏による「30年におよぶ高知の漁師との対話」、岩手県在住の吉田栄一氏による「東北・岩手の漁船をさがして」の話がありました。

 この「つどい」で重要なポイントとして強調されたのは、核兵器による被害者は広島、長崎の被爆者だけでなく、またブラボー実験による第五福竜丸の乗組員だけでなく、1,000隻にものぼる他の漁船の乗組員、そして太平洋の島々で暮らしていた島民に及んでいることです。核兵器による被害者は広範なのです。

 広島、長崎での核被害が早くしっかりと伝えられていたら、そして第五福竜丸の被害が明確にされていたら、さらに多くの被害者は防げたかもしれません。アメリカの核戦略のもとにこうした被害の実態の解明と世界へのアピールは遅れました。核兵器による被害を明らかにし、そして多くの人に伝え、核兵器による被害者を防ぐ努力は今でも重要な使命といえます。いや、まだ核兵器がたくさん存在し、核拡散の傾向がある現代ではその使命はさらに重要な意味を持っていると言えるのかもしれません。

 アメリカ、ソ連(ロシア)、イギリス、フランス、中国以外に、今ではインド、パキスタン、北朝鮮、(イスラエル)などが核保有国となり、イランなども核保有の意思がある国として捉えられています。核兵器の非人道性を明らかにして、核兵器保有国を厳しく糾弾し、核兵器を減らし、使わせないために努力が必要です。「核兵器はなくならない」というあきらめの声も聞きます。私が提案しているのは「ヒロシマ・ナガサキプロセス」。非核保有国や国際NGOが中心となって、核兵器の使用、開発、保有を国際法違反とする国際条約をつくるという提案です。

 広島、長崎、マーシャル諸島、クリスマス島、モルロア環礁、ネバダ、セミパラチンスク、新疆ウイグル自治区(東トルキスタン)の楼蘭付近などすでに非常に多くの人が被害者になっています。核兵器による被害者を防ぐために私たちは何ができるのか。3月1日は、8月6日、9日とともに、このことを考えるいい機会です。