ネパールの大地震が政情の不安定化をもたらす不安~日本は復興への支援を!

ネパールで起きた大地震は死者数も5000人を超え、大きな被害を与えました。交通や通信事情の悪い山間部の状況はまだ分からず、被害者数はさらに大きくなると予想されています。海外からの救援支援も行われていますが、国の混乱と不十分な交通体制で、身動きがとれない状態と言われます。救援を断る状態に追い込まれています。

まずは一刻も早く救援活動が行われることが大切です。そして、多くの被災者の衣食住を確保すること。大地震によってライフラインが壊滅状態にある地域も少なくないでしょう。そうした被災者への対応が急務です。

心配なことがあります。ネパールは共産党マオイストと王族との間で、内戦が繰り広げられた国です。素晴らしい観光資源を持ちながらも治安が安定せず、海外からの観光客もあまり入ることができない時期もありました。私がネパールを訪れたのは1995年。その頃は貧しいながらも安定しており、国の発展に希望を抱かせました。しかし、1996年にはネパール共産党毛沢東主義派、いわゆるマオイストが王制の打破を目指して人民戦争を始めます。2001年にはビレンドラ国王を含むネパール王族が殺害され、マオイスト側のギャネンドラ国王が王位につきます。ギャネンドラ国王は議会を停止し、国内は混乱状態に陥ります。国軍を掌握する国王派とマオイストによる内戦が続きました。政府支配地域とマオイスト支配地域に分裂した状態となりました。

2006年に包括的和平合意が成立し、政情は安定するかに見えました。2008年には国連の協力の下に制憲議会選挙が2008年に実施され、マオイストが第1党になりました。王制は廃止され連邦民主共和制への移行が決まったものの、実際には、期限内に憲法制定ができず、制憲議会は解散してしまいました。

こうした混乱を経て、やっと2013年に再度制憲議会を開くための選挙が実施され、今から新たな国の体制を整えていくという時期にありました。第1党となったコングレス党のスシル・コイララ首相と第2党となったネパール共産党統一マルクス・レーニン主義派のヤダブ大統領を選出されて連立内閣が発足したところです。光は見えてきたものの、政情はまだ不安定で、政府は脆弱といえました。

今回の大地震に到底、対応できるような政治体制、経済体制、社会体制、インフラ体制はありません。政府の対応の遅れは、国民に様々な形で不満を生むことになります。文化的な観光資源もかなりダメージを受けましたし、最大の観光資源と言えるヒマラヤへの観光客も今回の地震をみて、しばらくの間は躊躇するでしょう。つまり、しばらくの間は経済的にも厳しい状況が予想されます。政府に失業者に対応する資金があるとも思えません。国民の不満は徐々に高まる可能性が高いのです。

ちょっと前まで、内戦をしていた国です。恨みや感情的なわだかまりがあります。暴力的な社会文化もまだ残っています。また暴動が起きたり、内戦が勃発したら、復興どころではありません。

治安の維持と未来への復興のために日本を含めた国際社会が何ができるのか。日本の大震災の場合には、治安の乱れは極めて限定的でしたし、それで政情が乱れることも考えられませんでした。ネパールならではの、課題があります。隣国インドは大きな経済発展をしています。その恩恵を受けることができるか、という岐路にたっていました。今回の震災で、復興⇒次のステージへの発展となるのか、暴動⇒治安悪化⇒長期低迷となるのか、まさに二極のシナリオがあります。日本は半年後、1年後、5年後の復興のための援助を考えていきましょう。ヒマラヤのある素晴らしい自然と文化のある国です。ネパールを大好きな日本人も多いのです。私もその一人。日本の経験とともに、治安の維持と復興への協力を惜しまず、新たなネパールの実現ができればと思います。