社民党、老朽化進む本部の引っ越し~体質にも老朽化はないのか

撤去される社民党本部

社民党が本部の引っ越しを始めました。旧社会党時代の1964年に建設された「社会文化会館」から首相官邸裏の民間ビルに移転します。半世紀近く前のもので、老朽化が進み、2011年の東日本大震災後、耐震性に問題があることが判明し、取り壊すことになったものです。

社会党の流れをくむ社民党。その体質に老朽化はないのか、という質問は考える価値のあるものと思います。実際に旧社会党は、戦後間もないときに青年闘士だった人がそのままずっと中核にいて、名実ともに高齢化、老朽化となっていました。その社会党は、自民党との連立政権という驚く展開をみせ、最後のともし火となって、分裂していきました。その社会党のスピリットを受け継いでいるのが社民党です。とはいえ、一時は、福島氏とともに辻元氏など、市民派の女性議員を抱え、イメージも変わっていました。しかし、議論的にはかなり硬い護憲論と反自衛隊論、反消費税論などで、現実の政治との乖離もあり、自民党とも、そして最後は民主党とも議論がかみ合わない感じがありました。

いみじくも社民党は「老舗」政党と呼ばれます。老舗が生き延びるには、同じことをずっと続けるだけではだめなのでしょう。江戸時代から続く老舗は日本には数多くあります。確かに伝統を受け継ぎ、数百年の歴史とスピリットをつなげています。しかし、継続している老舗の多くは、時代に合った様々な工夫と発想を新たに取り入れていることも確かです。

日本の平和憲法は確かに素晴らしい発想を持っています。しかし、その憲法は今は、瀕死の状態です。憲法はあればいい、というものではなく、時代に合った形で魂をいれなければなりません。ただひたすらに護憲をとなえ、議論が成り立ちにくい状態にしていては、守るべき憲法そのものが力をなくしていきます。

憲法の精神は重要としても、67年も前にできた憲法はさすがに時代に即さない部分もあります。自衛隊にしても、憲法をそのまま読むと、自衛隊を認めないという解釈の方があっています。しかし、社会党が政権をとった時でさえ、自衛隊の存在は認められました。国民投票をさせない、というスタンスによって、国民投票の仕組みが確立できず、原発などの他の社会問題の国民投票もできない状態です。国民は政治から離れ、国民主権という根本的な政治課題はさらに遠のいています。誤解を招きそうですが、あえて書きます。憲法を護るためのかたくなな姿勢は、逆に憲法の精神を瀕死の状態に追いやってきたと思っています。日本国憲法はバイブルではないですし、最終完成形でもありません。人間が作ったものであり、人間がよりよくすべきものです。魂を入れて価値を持つものです。

福島氏は「社民党のこれからを見てほしい」といいます。本当に新生した社民党を見てみたいと思います。どこまで新たで柔軟な発想がみれるか。生まれ変わってほしいと思います。生まれ変わらなければ、おそらく近いうちに社民党は政党要件を失うのではないかと思います。