新たなインド芸能の風:文化交流の未来

インド北西部でダンサーとして活躍するMadhuさん(撮影:Akira Io)

偏ったインドのイメージ

「インドとの文化交流の形が変わってきた」

このような言葉をよく聞くようになってきた。

「インド」と聞くと、旧来のイメージは「カレー」「牛」「ターバン」「カースト制度」「バックパッカー」などに限定されてきたし、近年ではこれに「IT大国」「高度経済成長」「映画産業」などが加わってきた。

現在マスメディアで取り上げられるインドに関しても、いわゆる「アジアおもしろ枠」にハマるような単発ニュースやレイプ報道、一方でこれからの世界を牽引する経済大国として特集されたりするものが多くを占め、依然として大変偏ったものであり続けている(もちろんこれもインドをめぐる現象の一部であることには間違いないが)。

一言でインドといっても、日本の9倍の面積を持ち、国が認定している公的言語が22もあるという多様性を絵に描いたような国家。近い未来に、経済的にも政治的にもグローバルな覇権を握るとされるインドのリアリティに関して、私たちはもっと関心を寄せてもいいのではないか、と感じている。

インドとの文化交流

そんななかで、インドに通い、インドの多様な魅力を日本に伝えたいという個人が、色々なムーブメントを起こし始めている。中でも、インドの文化や芸能の素晴らしさを日本でも伝えたい、という人々の層が厚みを増してきていると感じる。また、実際にインドの文化や芸能を体得し、様々な場所で披露したりスクールを開いたりする人々の増加が目覚ましい。

故ラヴィ・シャンカル氏(出典wikipedia)
故ラヴィ・シャンカル氏(出典wikipedia)

インドの芸能というと、故ラヴィ・シャンカルのようなスーパースターをはじめとする、スィタール(弦楽器)やタブラー(打楽器)などのような古典音楽、バラタナティアムやカタックのようなインドを代表する古典舞踊がイメージされるかもしれない。これらはある種「インドの高尚な伝統芸能」として、インド政府(ICCRなど)や大使館などの機関、国際交流基金や様々な大学、国立民族学博物館、エア・インディアのような大きな組織(法人)をバックとして招聘されてきたという歴史がある。これらの組織が招聘するインドのアーティストたちの希少な受け皿として、NPO法人「日印交流を盛り上げる会」などが努力を積み重ねてきた歴史も見逃してはならない。

インドの魅力を伝える伝導師たち

一方で、近年目立ち始めてきたのは、インドを心から愛し、多様なインドの諸側面を紹介しようと、自らのネットワークを駆使してアーティストを直接日本に招聘しようとする個人たちの動きである。彼らは写真家であったりダンサーであったり音楽ライターだったりする、インド文化との対話を独自の経路で続けてきた人々である。彼らは、「文化交流」などといった大文字の大義名分を掲げるわけでもなく、「自分がいいと思ったものを伝えたい」という情動に突き動かされている。営利目的というより、インドにおけるあまりに豊富な文化的コンテンツに少しでも触れてほしいという、インドの魅力の伝道師として自らを位置づけている。

ラージャスターン州で起きていること

中でも特筆すべきは、パキスタンと国境を接する、インド北西部ラージャスターン州の芸能世界の、日本における展開だろう。同州はインド古典芸能とは一線を画した民俗芸能の宝庫であり、同地を支配してきた王族たちを中心としたパトロネージが生きており、豊かな芸能文化を構築してきた。フランスなど一部の地域を除き、同地の芸能はローカルで周縁的な位置づけがなされてきたが、近年では世界に拡散するロマ(ジプシー)文化の源流として着目されるようになってきた。特に蛇使いを生業とするカールベーリヤー・コミュニティの女性たちが踊る華やかな舞踊や、ランガーやマーンガニヤールといったイスラーム教徒の芸能集団が奏でる素朴な民謡は、スーフィズム(イスラーム神秘主義)の讃歌であるカッワーリーとは違ったシンプルでありながら心に響く力強いパフォーマンスとして人々を魅了し始めている。

マーンガニヤールの演奏風景(撮影:Akira Io)
マーンガニヤールの演奏風景(撮影:Akira Io)

このようなある種「マイナー」な文化でありながら、いち早くそれらの芸能コミュニティに入り込み、時間をかけてその芸能を体得した日本人女性たちが出現しているのは驚きである。中でも前述のカールベーリヤー(蛇使い集団)の女性たちの舞踊形態を現地で習得し、現地でダンサーとして活躍するかたわら日本においてもスクールを立ち上げて広めていこうとするRajashtani MadhuさんやNalikaさんの活動は特筆すべきものである。北海道・大阪・東京を舞台に様々なイベントを開催し、ラージャスターン州の芸能世界への関心を拡大すべく、不断の努力を続けている。今月(5月)には、Madhuさんが家族のように慕う音楽アーティストたちへの「恩返し」として彼らを日本に招き、各地でライブパフォーマンスを行う予定だという。

Madhuさんと現地のアーティストたち。家族の一員として受け入れられながら活動を続けている(撮影:Akira Io)
Madhuさんと現地のアーティストたち。家族の一員として受け入れられながら活動を続けている(撮影:Akira Io)

こうした活動は、背景に頼るべき組織もなく、助成金などを得ているわけでもないなか進められており、クラウドファンディングと日本での公演での収益によってギリギリ賄われるというから、その熱意に心を動かされる。ビザの申請から会場のセッティング、チケットの販売やクラウドファンディングの運営など、すべてをこなすエネルギーの源泉は、「インド文化」というイマジネーションの世界ではなく、深い関係を構築してきた具体的な現地の人々への思いからなるものである。

文化交流の新たな風

また、写真家兼ライターとして2000年に入ってから南インドを中心に現地での生活を繰り返している井生明氏は、近年交流を続けてきたアーティストたちを日本に招聘して、日本における次世代のインド芸能の興行の形を模索している。その内容は、ガタムと呼ばれる壺を用いる打楽器を演奏する南インドのアーティストや、西ベンガル州の吟遊詩人バウル、前述のラージャスターン州の楽士集団マーンガニヤールなど、インド全土に渡る広範な個人的ネットワークから構成されている。来月(6月)には北インド音楽の竹笛奏者(バーンスリー)の名手ラケーシュ・チョウラシア氏を呼び寄せるべく奔走しているとお聞きした。

このような例はこれからもますます増え続けると考えられる。ICT技術が世界を覆い、人や情報の流れがグローバルに展開し始めた現代において、「文化交流」の方法論や意味づけが大きく変わってきていることを、彼らの活動は示唆している。