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N700Sデビュー、一方リニア2027年開業は難航 JR東海の今後は?

小林拓矢フリーライター
期待されるN700S(2019年7月筆者撮影)

 N700Aよりも、より上質な乗り心地や、安全性、環境性能を向上させただけではなく、「標準車両」としての位置づけをめざしたN700S。ついに7月1日にデビューした。

 JR東海の近未来だけではなく、高速鉄道の基本的な車両として、世界戦略を担うものである。

スタイルを持続させる一方で

 JR東海の新幹線は、16両編成で決まった座席数と、スタイルが300系以降変わらないことが特徴だ。車両性能もなるべく統一するようにし、そのために700系が先日、引退することとなった。

 同様の性能、同様のスタイルで規格化された高速運行を行えるようにする、この方針をJR東海はずっとつらぬいてきた。今回のN700Sでもそれは変わらない。

 永続して高速鉄道の運行を続ける――JR東海の変わらぬ使命だ。

 一方で、こういった車両をつくる場合、山陽新幹線や九州新幹線をどうするか、ということも考えなければならない。新大阪から九州へ向かう「みずほ」「さくら」は8両編成であり、N700系を使用している。そちらの後継をどうするのか、という課題も出てくる。

 解決策として、「標準車両」という概念を提示した。機器の小型軽量化を進めることで、床下機器の配置種別を8種類から4種類に削減した。従来は主変圧器と主変換装置は同一車両には搭載できなかったが、搭載できるようにした。

 このことで16両編成だけではなく、8両編成、あるいは12両編成というのが可能になった。6両編成も可能である。九州新幹線「つばめ」800系6両編成(700系をベースにしている)の後継車や、台湾高速鉄道700T型12両編成(こちらも700系ベース)の後継車としても、導入が可能である。2022年度に開業する九州新幹線武雄温泉~長崎間には導入が予定されている。

 JR東海が新幹線システムを広め、世界に売り込んでいくために、こういった「標準車両」がつくられたのである。

 この車両は高速走行の試験も行い、JR東海の新幹線エリアで営業運転不可能な時速300キロ以上での運行が可能なことも証明している。

 安全面でも大きな進化をとげた。長時間停電時にバッテリーで安全な場所まで自走できるシステムを搭載し、緊急時の避難にも役立つようになっている。車両で取得したデータはデータ分析センターで即時チェックできるようになり、車両の健全性を確認することも可能だ。

 こういった見えないところの大きな進化が、N700SをJR東海の近未来を担い、ひいては日本の、世界の高速鉄道の未来を担う車両として大きな存在となることを予感させるものである。

 この先20年くらいはこの車両が活躍し、その後はまた新しいタイプの車両が出てくることになるだろう。どんなタイプの車両になるのか? それはリニア中央新幹線の成否がかかわってくる。

開業の見通しが立たないリニア中央新幹線

 一方、JR東海の高速鉄道については、リニア中央新幹線プロジェクトが進んでいる。2027年に品川~名古屋開業、2037年に名古屋~新大阪間が開業すると予定されている。品川~名古屋間の工事は開始済みだ。

 その中で、静岡工区は大井川の水資源問題で静岡県とJR東海が対立しており、着工ができない状態となっている。6月26日の川勝平太・静岡県知事と金子慎・JR東海社長との会談は物別れに終わり、会談内容と会談後の内容の食い違いから、JR東海は静岡県に対して質問状を提出する状況となっている。その質問状への返答が7月3日にあり、準備工事の再開も認められないことになった。

 2027年開業はほぼ絶望的だ。大井川水問題を解決できない限り、静岡県はJR東海に対して着工の許可を与えないだろう。

 川勝知事はリニアをどう考えるか。参考までに、国家プロジェクトとして導入され、その後東日本大震災でうまくいかないことが判明した原発への対応と比較してみよう。

 静岡県には、浜岡原発がある。川勝知事は浜岡原発の安全対策を評価しているものの、再稼働は認めないという方針を打ち出している。

 リニア中央新幹線も大規模な国家プロジェクトであり、水資源への影響が大きい以上、浜岡原発との類推から川勝知事は工事の許可を出さないことが考えられる。「地域を守る」というのは「錦の御旗」となりうるものであり、「水」というのはいまのこの国においてはそれそのものである。

 JR東海は、2027年開業を断念した上で、川勝知事や静岡県が納得し、地域の人たちにも理解してもらえるようによりいっそうの水問題への対応を説明する必要がある。

リニア中央新幹線と東海道新幹線

 東海道新幹線が長期にわたり運行する中で、老朽化してくる部分も当然出てくる。リニア開業の際には東海道新幹線のメンテナンスを強化する計画もある。

 しかしこのままだと、N700Sが大活躍し、その後継車両もN700Sを基本とした車両となり、東海道新幹線の運行スタイルは現状と変わらないまま、長い時が過ぎるという可能性が大きくなる。N700SはJR東海の世界戦略が絡む車両でありながらも、自社にとっても重要な車両であり続けることとなるだろう。そして、その後継車両も。

 リニアという遠い将来を見据えながら、N700Sを増備し多くの人に東西の移動を続けてもらうというのが、JR東海の近未来であることは確実だ。その先の未来をどう転換していくかは、いま大井川水問題に対してJR東海がどう動くかにかかっている。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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