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東急はなぜ郊外の再生に取り組むのか 鉄道を軸とした地域繁栄の戦略

小林拓矢フリーライター
田園都市線を走る東京メトロの車両。相互乗り入れにより利便性は高い。(GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

 現在、東急電鉄は「郊外型MaaS実証実験」を行っている。「MaaS」とは、Mobility as a Serviceのことであり、車を持たなくても、必要なときに車を使い、すべての交通手段でシームレスに移動することができるようにするというものである。

 東急はこれまでの鉄道やバスを中心とした移動の手段を提供するだけではなく、さまざまな移動の手段を提供することで、地域の発展に貢献していこうとする姿勢を見せている。

 それらをシームレスにつなげることで、不便のない地域にしたい、というのが東急の考えだ。

これまでのニュータウンのモデルとは

 多摩田園都市エリアでは、丘陵地を造成し、宅地などを開発したため、実際の生活には自家用車が必要だった。もちろん幹線道路にはバスも走り、通勤などではそれを使用するものの、買い物などの日常の生活では坂道の多いエリアの移動に自動車を使用するというライフスタイルがある。実際にたまプラーザ駅周辺の住宅街を見たところ、自家用車保有の家がほとんどであり、高級車も多い。

 自家用車を使い地域で生活する主婦と、バスと鉄道を乗り継いで都心へ向かう勤労男性の組み合わせ、というのが高度成長期からバブル期にかけてのニュータウンのモデル家族だった。

 だが、そうしたモデルはとうになくなっている。

ニュータウンの未来像

 田園都市線は混雑がひどい、ということは、よく言われている。平日の昼間に乗っても、混雑がひどく、朝ラッシュ時には混雑率も高い、という状況だ。それだけ電車に人が乗っているのだから東急も安泰なのでは、とは思うものの、東急は現状を厳しい目で見ている。ポテンシャルの高さに安住していない。

 高齢者が増加し、生産年齢人口が減少する中で、多摩田園都市のエリアが衰退していくということに、危機感を抱いている。老朽化・高齢化・少子化という状況の中で、自治体・住民・デベロッパーのそれぞれが困っており、持続可能なまちづくりを考えるという必要が生まれている。

 さらには、若年層が都心部に住みたがるという傾向もあり、ニュータウンからの流出の懸念もある。

 多摩田園都市の場合、横浜市や川崎市など、広大な市が自治体となっている。JR東日本中央線といった古くからあるエリアのように、地域住民が主体的に地域の政治に参加するには、エリアとして大きすぎるという問題もある。中央線エリアの場合は住民運動がさかんだったということがあるものの、ニュータウンの場合、そういったものをいまの社会状況で行うのは難しく、そこからの政治参加というのはなかなか考えにくいものがある。

 そういった中で、行政も住民も「どうしたものか」ということが、思い浮かぶようになっている。

 このエリアは、東急が中心となって開発したエリアである。それゆえ、東急は地域のことを放置しておくわけにはいかない。「沿線価値」も下がることを恐れている。

 そこで東急は、次世代郊外まちづくり「WISE CITY」に取り組んでいる。

東急の描く多摩田園都市の今後とは?

 東急は横浜市と連携し、郊外住宅地の再生に取り組んでいる。2012年には横浜市と包括協定を結び、さまざまな施策に取り組んできた。地域活動拠点「WISE Living Lab」のオープンにより、地域のコミュニティの中核となるような施設をつくり、多世代の助け合いによるまちづくりができることを目指している。その中で暮らしのインフラや住宅地を再生し、スマートコミュニティを作ることを構想している。

 そのモデル地区となっているのは、たまプラーザ駅北側の美しが丘エリアである。さきほどの地域活動拠点「WISE Living Lab」の他に、地域利便施設「CO-NIWAたまプラーザ」など、地域コミュニティの創出に力を入れている。

鉄道会社が主体となったまちづくり

 多摩田園都市も中央線沿線も、高学歴層の多い、さらにいうと『朝日新聞』読者の多いエリアという共通点を持っている。しかし中央線エリアでは地域住民が主体となって政治に参加し、まちづくりに取り組んできたという一方、主にベッドタウンとして発展し、行政的には巨大都市の外縁部となっている多摩田園都市では、地域住民の参加という視点が薄くなり、どうしても活性化という観点では難しくなる。

 地域が衰退すれば、田園都市線も衰退し、東急自体の事業環境が厳しくなるという危機感が、東急の中にある。同じ東急のエリアでも、池上線沿線などはもともとの地域の活動が活発であり、東急もそれらと連携した形で地域おこしをしようとしている。しかし、郊外型路線の場合、地域そのものを東急が作ったため、地域を再生させるにもまた、東急の力が必要なのである。ニュータウンの場合、代々ニュータウンという人はいないため、まだ地域そのものの社会ができるには時間がたりないという状況もある。

 ただ、住環境もよく、商業施設などがそろったニュータウンを維持していくことは、そこで暮らす人にも、鉄道会社にも必要なことである。それゆえに、東急は多摩田園都市に対しさまざまな取り組みを行っているのである。鉄道が利用されているうちに、地域づくりを行っていきたいという考えである。そして、地域と鉄道の永続的な発展を目指している。そのために、地域活性化も、MaaSも必要なのである。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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