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ポーランド、言論の自由締め付け強化 政府の批判者は「反ポーランド的」、「外国のスパイ」と攻撃対象に

小林恭子ジャーナリスト
国家権力によるメディア干渉の実態とは(写真:PantherMedia/イメージマート)

(「メディア展望」4月号掲載の筆者記事に補足しました。)

 ポーランドというと、皆さんはどういうイメージを持たれているだろうか。

 欧州では、ポーランドの右傾化が報道されるようになっている。2015年11月以降、愛国主義的政党「法と正義(PiS)」が政権を担当しているが、政権発足直後から、司法やメディアへの介入が問題視されてきた。

 一体どんな「介入」があるのか。

 今年2月、報道の自由の擁護、ジャーナリズムの実践向上を目指す「国際新聞編集者協会」(IPI、本部ウィーン)が報告書「民主主義の後退:ポーランドにおけるメディアの自由の劣化」を発表したので、その概要を紹介してみたい。

IPIによる報告書「民主主義の後退:ポーランドにおけるメディアの自由の劣化」(報告書の表紙から)
IPIによる報告書「民主主義の後退:ポーランドにおけるメディアの自由の劣化」(報告書の表紙から)

 報告書は昨年11月と12月に実施された調査に基づく。新型コロナウイルスの感染拡大のため、調査団は現地を訪問できず、オンラインでの聞き取りとなった。

 ポーランド内の各メディアの編集幹部、ジャーナリスト、研究者、非営利組織などを調査対象とし、与党関係者と国会議員にもアプローチしたが、回答は得られなかったという。

「再ポーランド化」

 報告書によると、ポーランドのメディア状況には4つの特徴がある。

 1つ目は「再ポーランド化」で、外国資本によるメディアを国内資本に変える動きだ。

 PiS及びこれを支持する保守勢力は外国資本のメディア報道は「プロパガンダ目的」、「偏向している」ため、ポーランドの民主主義に「悪影響を及ぼす」と見なす。

 現在、印刷メディアの40%、販売体制の75%が外国資本によるものと推測されており、PiS側はこうした比率を一挙に減少させる法整備を目指した。

 しかし、米国やEUから反対の声があがり、戦略を変更。政府が所有する企業を使ってメディア企業やインフラを買収するようになった。

 2020年11月、政府が出資する石油大手PKNオーレンが新聞販売の小売店約1300を運営するRuch社の株65%を取得した。政府に批判的な新聞や雑誌を目だない場所に置いたり、小売店利用料を上昇させたりなどの圧力がかかるのではないかという懸念が出ている。

 オーレン社の最高経営責任者及び経営幹部は政府の国有資産部が任命する。

 12月、オーレンはドイツの出版大手フェアラークスグルッペ・パッサウからポルスカ・プレスを買収すると発表した。ポルスカ・プレスは傘下に20紙以上の日刊地方紙、週刊誌120、500のオンラインポータルを持つ、大手の媒体だ。

 今年1月、政府は外国資本によるメディア所有を制限する法案を準備中と発表した。この法案による「再ポーランド化」でますます政府の介入が強まりそうだ。

 2つ目の特徴は、「政府の政策を批判的に報じる独立メディアに当局が嫌がらせを行い、弱体化、不安定化させること」。

 例えば独占禁止法違反の疑いをかけて調査する、規制の枠組みを変更する、過去の納税に罰金をかけるなどの手法を用いる。「競争・消費者保護局(UOKiK)」は、反政府的と思われるメディア組織には合併による経営強化を認めない一方で、親政府のメディアの組織拡大は支援しているという。

 政府の広告出稿を制限する形で反政府メディアを締め付ける場合もある。

 左派中道系ニュース週刊誌「ポリティカ」やポーランド語版「ニューズウィーク」に掲載される政府広告は2015年以降、ほぼなくなってしまった。

 また、政府は新型コロナについて国民の意識を喚起するための広告を各種メディアに出しているが、唯一リベラル系新聞「ガゼタ・ヴィボルチャ」紙にだけ、出稿していない。

 その一方で、「ガゼタ・ポルスカ」紙をはじめとする、親政府の保守系メディアには出稿を増加させている。こうした流れを受けて、民放「ポルサット」は親政府的な論調を出すことで恩恵を授かろうとしているという(ワルシャワ大学とカンター・メディア社の共同調査)。

 3番目は「法的な嫌がらせ」である。

 特に攻撃の対象となっているのは鋭い政府批判を行うガゼタ・ヴィボルチャ紙で、政府から50を超える案件で訴追されている。こうした訴訟事件の処理に人手や資金を投入するため、メディア側は消耗してしまう。ほかのメディアへの脅し効果も与えているという。

 4番目は「ジャーナリストに対する中傷、攻撃、妨害行為」

 政府に批判的なメディアで働くジャーナリストの取材を拒否したり、公的情報へのアクセスを阻止したりするという。新型コロナについての情報へのアクセスも制限されることがある。

 政治姿勢によって放送界が2つに分断されていることも大きな問題で、ポーランドの公共放送は国の政策を代弁するメディアになりつつあるという。

 国営放送「TVP」の番組は「大きく偏向しており、野党の政治家が出演しないか、出演しても目立たない形で紹介される」。国民は親政府派と反政府派とに分かれ、自分の政治信条とは異なる主張をするジャーナリストに対し、オンラインで攻撃する傾向も強まるばかりだという。

 政府を批判する者は「反ポーランド的」、「外国のスパイ」として攻撃される。デモを取材するジャーナリストたちが暴力行為を受けることも珍しくないという。

 以上の状況は「外国の話」、「自分には関係ない」として片付けていいのかどうか。日本でも、筆者が住む英国でも、国家や政治の介入には注意を払いたいものだ。

できることは何か

 最後に、報告書はポーランドのメディア状況を改善するための要望を記している。

 米政府、EU加盟国、EU関連組織に対しては、「ポーランド政府によるメディアの自由への攻撃を認識する」、「ハンガリーで現実化した『メディア・キャプチャー』(権力者が政治力や財力を用いてメディアを支配下に置くこと)をポーランドで発生させないようにする」、「『再ポーランド化』を実現させない」などを求めている。

 与党及び現政権に対しては、「メディアの自由、多様性、独立性がポーランドで民主主義を維持するために重要であることを認識する」、「国家による独立メディアの買収を止める」、「ジャーナリストへの攻撃を停止する」よう訴えた。

 報告書の発表に当たり、IPIは2月11日、オンライン・イベントを開催した。筆者は、ポーランド国外にいる人ができることをパネリストに聞いてみた。答えは「実情を知ること、状況を伝えること」であった。「国際世論を作ってほしい」。また、「EUがもっとポーランド政府に圧力をかけるべき」という発言も参加者の中から出た。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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