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【新型コロナ】感染者の体験を共有し、遺族とともに追悼する英国 謝罪は求めない

小林恭子ジャーナリスト
自宅で取材に応じる、英キャスターのアレガイアー氏(BBCニュースのサイトから)

 日本では、テレビ朝日「報道ステーション」のメイン・キャスター、富川悠太氏が11日夜、新型コロナウイルスに感染していたことが分かり、「番組で繰り返し感染予防を呼びかけていた立場にもかかわらず、このような事態を招き、視聴者の皆様、関係者の皆様に大変がご迷惑をおかけしました。申し訳ございません」、という謝罪コメントを発表した。

 数日前に発熱したが、いったんは平熱に戻ったため「上司や会社に的確に報告せず、出演を続けていた」という(全文)(「報道ステーション」関連動画)。

 15日には、同番組のチーフ・プロデューサーとスタッフが感染していたことも判明した。

 発熱を軽視して「上司や会社に的確に報告せず、出演を続けていた」部分は、やや軽率だった印象があるけれども、会社の管理体制、番組制作における感染防止策、キャスターを含む出演者に対する教育等がどうだったのかなどの点が解明されないと、判断が困難だ(*補足を最後に書きました)。

 「視聴者の皆様」に迷惑をかけた…というのは意味不明だが(がっかりさせてしまった、という意味だろうか)、関係する人すべてに謝罪するべき、と思ったのかもしれない。

 いずれにしても、「感染した人=悪い人」・・・ではないだろう。本人の対処が遅れがちになったのも、理由があるのかもしれない。

 筆者が住む英国では、新型コロナウイルスには誰もが感染してしまう可能性があるので、感染者個人にその責任を問い、謝罪を求めるような雰囲気にはなっていない。

 その理由や背景に注目してみた。

英国では感染者約10万8000人、死者約1万4500人

 まず、英国での最新の感染状況を見てみよう。

 政府が毎日発表している数字によると、17日午前9時時点で累積検査数は43万8991件。1日に行われた検査数は2万1328件。検査で陽性となった人(感染者)は10万8692人。そして、16日時点で死者は1万4576人である(ちなみに、英国の人口は約6700万人)。この場合の死者とは、病院で亡くなった人の数だ。

 3月末時点では感染者は約1万7000人、死者は1000人を少し超えただけだった。1か月半で、死者は13倍増えている。新型コロナウイルスの急速な拡大が分かる。

 感染しやすく、かつ重篤な状態になりがちな人は、当初、「70歳以上の高齢者」、「呼吸器系やそのほかの持病、例えば糖尿病を患っている人」などとされていた。しかし、今は年齢や社会層にかかわらず「誰もが感染しうるウイルス」として認識されるようになった。

 

 感染してもすぐに表面化しない場合があり、検査を受けるまでは自分自身が感染している可能性もある(つまり、他者にうつす可能性が出てくる)。

 対策として、最強と言われているのが「手をよく洗うこと」、「他者との距離を取ること(「ソーシャル・ディスタンシング」)。こうして、英政府は「家に留まる(Stay at home)」ように、と国民に呼びかけている。3月末から始まった外出禁止令は、少なくとも5上旬まで続く予定である。

ジョンソン首相、保健相も感染者に

 感染した場合、感染者個人の責任を問わない雰囲気がある、と先に書いたが、国民がさすがに驚いたのが、「家に留まっていてください」と繰り返してきた政府閣僚らが感染した時だ。

 ソーシャル・ディスタンシング戦略を医療の面から主導してきたハンコック保健相や、国民に外出禁止令を出したジョンソン首相自身が感染者になってしまった。また、首相と一緒に毎日の記者会見に出ていた、イングランド地方主任医務官のクリス・ウィッティー教授が、自分は感染していないものの「大事を取って」、一時自宅療養に踏み切った。「手を洗う」をはじめとする対策を最も厳しく実行するはずの人々である。

 「国民には規則を守れと言っておいて、自分は逸脱したのではないか?」そんな疑問がわいてきた。しかし、ジョンソン首相の病状が悪化し、一時集中治療室に入るまでになると、懐疑の声は次第に消え、早期の回復を願うメッセージが国内外から送られるようになった。

 17日現在、ジョンソン首相は退院し、歴代の首相が使うチェッカーズ邸で療養中である。ハンコック保健相は現場に復帰した。「感染の経験がある身として・・・」という発言が、重みをもって響くこの頃だ。メディア取材に応じるハンコック氏の姿は「感染しても、回復し、職場に復帰できる」というメッセージを伝えている。

感染を公にしたBBCのキャスター

BBCのキャスター、アレガイアー氏(BBCのニュースサイトから)
BBCのキャスター、アレガイアー氏(BBCのニュースサイトから)

 英BBCのニュース・キャスターの一人、スリランカ出身のジョージ・アレガイアー氏は英国に住む人にはおなじみの顔である。

 アレガイアー氏は2014年と17年に大腸がんを発症したが、治療を受けて報道の現場に復帰していた。

 しかし、今年3月になって発熱があり、さまざまな検査を受けたところ、医師に新型コロナウイルス感染症にかかっているといわれたという。軽症ではあったが、しばらく仕事を休むことにし、3月31日、BBCの取材に応じた

 

 同僚のニュース・キャスターのリモート取材を自宅で受けたアレガイアー氏は、症状が軽かったので「何とかやっていける」と感じたという。

 「今、ガンの症状があって、コロナに感染したらどうしようと思っている人はたくさんいると思います。この人たちに何を伝えたいですか」と聞かれると、アレガイアー氏はこう答えた。

 「どうなるかわからない、不安定な状態に私たちはいます。ガン患者であれば、不安定さと付き合うことを知っていますよね」

 「自分が軽症だからといって、コロナ感染症を軽視するつもりは全くないのですが、ガン患者は人生の暗い日々のことを知っています」

 「私たちはより強いのだと思います。どのようなことになるのかわからない状況に入ることがどんなことかを知っているからです」

 「少なくとも私はそう思っています。6年間、ガン患者として生きてきたからです」

 「ガンとともに生きることができるのですから、コロナ感染症とも、ともに生きられると思っています」

 「自分の症状は軽いのですが、大部分の人は感染しても軽度なのですから」。

  自分の体験を語るアレガイアー氏の言葉が、心にあたたかく響いてくる。

  こうした流れの中で、「なぜどうやって感染したの?」、「感染防止策をフォローしなかったのでは?」という問いは呈されない。アレガイアー氏は感染したことを謝罪せず(少なとも公には)、視聴者も謝罪は求めない。非を責めるのではなく、「語ってくれてありがとう」という気持ちが生まれてくる。

犠牲者の人生を紹介するメディア

 BBCやガーディアン紙は、ウェブサイトを使って、新型コロナウィルス感染症で亡くなった人を遺族が提供した写真や逸話を基に紹介している。

 約1万3000人に上る感染死者は、遺族にとってはかけがえのない家族の一員だった。その人生をたどり、メディアで紹介されることで、その人を追悼することができるという意識がある。

 

父親(左から2人目)をコロナ感染症で亡くした遺族を紹介するBBCのサイト(ニュースサイトより)
父親(左から2人目)をコロナ感染症で亡くした遺族を紹介するBBCのサイト(ニュースサイトより)
医療関係者の感染死者を紹介する(BBCニュースのサイトより)
医療関係者の感染死者を紹介する(BBCニュースのサイトより)

 軽傷・重症に限らず、その感染体験を語る人もいる。感染未経験の人にとっては、いったいどのように感染したのか、どうやって回復したかを知るのは貴重だ。

 筆者は、今朝、フェイスブック上で自分の回復体験を語る投稿を読んだ。地域の助け合いのために設置されたフェイスブック・ページに掲載された投稿で、24歳の女性が数日、コロナ感染症で苦しんだ様子が書かれていた。どこで感染したか、彼女自身も分からないようだったが、はつらつとした笑顔の写真を見ると、元気づけられる。

 考えて見れば、あらゆるものすべてを常に殺菌するわけにはいかない。どれほどソーシャル・ディスタンシング規定を守り、手を頻繁に洗っても、室内外のいずれかのものから感染する可能性がある。

 「新型コロナ感染症=誰がもかかりうるもの」だから、ソーシャル・ディスタンシング下での生活の知恵や感染した場合の状況など、お互いに情報を共有しながら、新型コロナウイルスの拡大を阻止する機運を作っていきたいものだ。

***

*補足(18日):富川キャスターの説明責任について:「発熱がありながら、報告が遅れた」という部分について、ここでは断定的な判断を書いてありませんが、それは「どれぐらいの発熱がどれぐらいの期間続いたのか」、「制作・管理側ではどのような規定があったのか」、「尋常の発熱ではなく、コロナ感染の疑いがあることを本人がいつ気づいたのか」という要素が第3者から見てわからないこと、また、「私たち自身が、どれぐらいの発熱がどれぐらい続けばコロナに相当という認識がまだ固まっていない」段階では、確定的なことが言えないと思ったからです。「xx度以上であれば、コロナ感染を疑う」という数字はすでに出されていますが、まだ今回のコロナについて十分な知識がない中では、見極める時間が必要になる気がします。度が過ぎた自主規制をすれば、おかしなことになるでしょう。また、仕事に対する献身の度合いも、もしかしたら関係していたかもしれません。あくまで仮説ですが。「もう少し、頑張ればよくなる」、と。

いずれにしても、「誰もがうつす側になりうる」という感覚で、行動することが大切であることを今回の例が示したように思っています。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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