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BBCとNHKを比較する 国民の支持を盾に権力に対抗するBBCも政権に揺さぶられている

小林恭子ジャーナリスト
BBCの放送センター前で(写真:ロイター/アフロ)

 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」1月号の筆者記事に補足しました。)

 日本では、NHKに対する政治的な向かい風が吹いているようだ。

 NHKから国民を守る党(略称「N国党」)が支持を拡大させ、国会で議席を獲得するまでになった。その編集体制に疑問が呈される事件も次々と発生し、昨年末にはテレビ番組を放送と同時にインターネットでも配信する「常時同時配信」について、NHKは実施基準の見直しを高市総務相に求められた。さらに、NHKの次期会長にみずほフィナンシャルグループの元社長前田晃伸氏が任命されたが、その人選に官邸が影響力を行使したという噂が出た。

 年末に一時帰国した筆者は、英国のBBCに相当するNHKに対する批判や四面楚歌状態をリアルタイムで知り、残念に思った。

 本稿ではNHKとBBCの比較を試みたい。

NHKもBBCも視聴者からのお金で成り立つ

 NHK(創立1926年)とBBC(同1927年)は非常によく似ている。どちらもいわゆる「公共のための放送」であり、国営ではない(ただし、BBCは「公共サービス放送」という枠組みに入る)。

 いずれも活動の主な原資は国民からの視聴料(NHKは「放送受信料」、BBCは「テレビ・ライセンス料」)であり、これがジャーナリズムの独立性を担保する根拠となる。

 NHKの受信料は地上契約の場合は年間1万3990円、衛星契約では2万4770円で、BBCの場合はカラー放送が年間154・50ポンド(約2万2000円)、白黒が52ポンド。BBCのライセンス料の支払い率は94・30%だが、NHKは81・20%だ。

第3者機関が規制・監督するBBC

 NHKとBBCには、大きく異なる点が少なくとも一つある。

 それは、日本の場合、放送業の規制監督を行うのが総務省であるのに対し、英国では独立機関(「放送通信庁」=オフコム)によって行われている点だ。オフコムは放送免許を与える権限も持つ。

 日本ではこれが総務省になり、NHKは時の政府の影響を受けやすい体制下にある。

 日本では「公共放送のNHK」対「民放」(広告収入で運営をまかなう、商業放送)という2者対立の構造があるが、英国ではBBCの他に、日本では民放の部類に入る主要放送局(ITV、チャンネル4、チャンネル5など)が「公共サービス放送」という枠に入る。この枠では報道番組の不偏不党が義務化され、番組構成にも規制がかかる。

当局の政策発表時には「不備な点」をまず探すのが仕事

 報道番組の不偏不党について補足すると、考え方としては「一方の意見のみを出さないこと」が求められる。「どんな意見にも与しない」という意味ではない。報道番組の立ち位置は常に市民の側、つまり権力批判の側である(ちなみに、これはBBCだけではなく、英国にあるテレビ局のニュース番組でも同じだ)。

 例えば、政府がある政策を発表したとしよう。ニュース番組の編集スタッフの最初の着眼点は「政策の不備な点は何か」だ。

 番組内では政府側の人物のインタビューが最初に紹介され、司会者は政策が市民の生活に負の影響を与える可能性について厳しい調子で質問していく。

 次に野党側の政治家を出演させ、政策批判をさせる。

 その後で政策の問題点を市民の側から分析する非営利組織、学者、シンクタンクなどの見方、そして市民の声を紹介する流れだ。

 英国の視聴者はテレビのニュース番組の司会者が政治家に厳しい質問を矢継ぎ早に浴びせることを期待して見ている。

 もし厳しい追及がなければ、メディアの役割を果たしていないと思われるだろう。

BBCの社会的位置付け

 BBCを過度に称賛するつもりはないが、N国党のような政党が発生していない理由として、BBCが英国社会の中で特別な位置を占めていることが挙げられる。

 英キングストン大学のジャーナリズムの教授ブライアン・カスカート氏は、BBCが「王室」、「軍隊」、「国民医療制度」、ゆりかごから墓場までと言われる「福祉制度」と並ぶ、英国を代表する存在だと筆者に説明した

 BBCの2018年度の年次報告書によれば、英国の成人の91%がBBCのテレビ、ラジオ、オンラインのいずれかのコンテンツに毎週接している。誰もがBBCの番組を視聴している。BBCは「みんなのもの」だ。

 BBCが他の公共サービス放送と比較して「大きすぎる」という批判は以前からある。

 テレビ・ライセンス料から生じる年間収入は約37億ポンド(約5250億円)で、これで国内の業務を負担している。その他に商業活動(出版、販売など)と国際ラジオ放送運営用の政府交付金を含めると、総収入が約49億ポンドに上る。民放最大手ITVの放送・オンライン業務による収入約20億ポンドを大きく上回っている。

 ニュース報道において、BBCは民放や新聞界のライバルとなる。

 BBCの規模縮小を目する政治家たちは、BBCのテレビ・ライセンス料制度を廃止させようとしたり(支払いが義務化されるライセンス料制度がなくなると、一気に収入が減少すると言われている)、ライセンス料の値上げを抑えようとしたりする。

高齢者家庭のライセンス料負担は「ノー」

 最近のこうした動きの1つとして挙げられるのが、75歳以上の高齢者家庭のライセンス料をめぐる戦いだった。

 今年5月までは政府が該当家庭のライセンス料を肩代わりしてきたが、政府はライセンス料制度の維持と希望する値上げ率をBBCに保証する代わりに、この分をBBCに負担させようとした。

 一旦はこれに同意したBBCだったが、昨年、国民に意見を募り、「BBCが負担する必要がないという声が大部分だった」と主張して、全額負担を拒否した。「年金クレジット」という支援金を受け取る、低所得の年金生活者の分のみ負担するという。

 視聴者の支持があってこそ現行の形で存在していることを自覚するBBCは、国家権力に対し「国民がこう言っている」という武器を使って自分の身を守る。

 NHKも政府や他の権力からの圧力に対抗するためにも、ぜひ多くの国民を味方にして欲しい。

BBCにも、大きな逆風

 しかし、BBCにも、大きな逆風が吹いている。

 BBCの成り立ちや最近の政治圧力の背景については、「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラム「英国メディアを読み解く」で詳しく書いた(2月7日付)。

 「BBC への逆風 TVライセンス料の将来はどうなる ー保守党からの批判、動画サービスというライバルも」

 現在の与党・保守党は「小さな政府」を志向する政党で、これまでにもBBCには厳しい態度をとってきた。この点について、「読み解く」コラムで書いたのだが、原稿執筆時から少しして、いよいよBBCの「テレビ・ライセンス料は、現行のままではいかがなものか」という姿勢を出してきた。

 モーガン文化相が、5日、「ライセンス料未払いを刑事犯罪扱いにするかどうかを見直すための調査を開始する」と発表したのである。(時事通信の記事「英政府、「犯罪扱い」見直しへ意見公募―BBCの受信料不払い」)。ゆくゆくはライセンス料廃止にまで持っていきたいという意向が見え見えだ。

 ジョンソン首相が率いる保守党は今、下院で単独過半数の議席を持つ。どんな法案でも通せる状況にある。その強みを使って、BBCに揺さぶりをかけてきた。

 BBCのライセンス料は、4月から年間3ポンド上がる。値上げ率は政府との交渉で決まるので、BBCは首根っこのところを政府に抑えられている。

 苦しい状態にあるBBCだが、優れた番組作りを継続し、視聴者の支持を受けながら生き延びてほしいと筆者は願っている。

 この夏には現在の会長が退任予定で、次期会長の人選がBBCの今後を大きく左右するかもしれない。

 

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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