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地域のジャーナリズムをどう支えるか カナダの先住民のTV局、米ニュージャージー州、英BBCの試みとは

小林恭子ジャーナリスト
公的資金を使って地域のジャーナリズムを支える試みを紹介(写真:アフロ)

 イタリア・ペルージャで開催された、国際ジャーナリズム祭のセッションから、地域のジャーナリズムを支える例を紹介したい。

 (以下、4月4日セッション「21世紀のメディアのために公的資金を使う」から)

 話し手

 カリン・パグリーズ加アブオリジン・ピープルズ・テレビジョン・ネットワーク(APTN)、ニュースと時事部門のエグゼクティブ・ディレクター

 

 マイク・リスポリ米フリープレスのニュース・ボイセズ・プロジェクトのディレクター

 

 ビクトリア・プレスト英BBCのローカル・デモクラシー・レポーティング・サービス所属

 

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 地域のジャーナリズムをどう支えるのか?世界中でこの問いが発せられている。

 米ニュージャージー州では地方ニュースと情報拡散を支援するためのプロジェクトに公的資金が投資されることになった。

 英国では、BBCが中心となって地方ニュース活性化が行われている。カナダでは、政府が巨額を地方ニュースの振興に費やすことを決定している。

 公的資金と地方ニュースについて、パネリストたちが現状を説明した。

カナダの先住民向けテレビ局

パグリーズ(撮影Giorgio Mazza)
パグリーズ(撮影Giorgio Mazza)
APTNのウェブサイトから
APTNのウェブサイトから

 カリン・パグリーズのアブオリジン・ピープルズ・テレビジョン・ネットワーク(APTN)は、「世界最初の先住民によるテレビ局」と言われている。カナダの放送局で、カナダと米国に住む先住民に向けて放送されている。

 APTNができた背景には、「公的助成金がないとメディアはやっていけない」という見方があった。「アメリカからカナダにニュースが入り、消費される。カナダの文化はどうなるのか」という危機感もあった。

 カナダも、ほかの先進諸国同様にメディアの消費環境が大きく変わっている。新聞界では「広告と購読料で経営を賄うというビジネスモデルが破綻しつつある」。

 カナダ政府が調査を開始し、2018年の予算に「報道の対象になりにくいコミュニティーの報道」のために財政支援をすることが決定された。「5年間の期限付き」だ。

 新聞界については、税金面での優遇措置が取られることになった。「カナダでは毎年多くの新聞が廃刊となっている。その一方で、ニュースのスタートアップ企業はごくわずかだ」。

 大手新聞社への公的助成金をどのように分けるのかで議論沸騰となった。「報道の自由への懸念もあるし、新規企業は対象にならないので、不公平だという不満の声も出ている」。

米ニュージャージー州の試み

リスポリ(撮影Giorgio Mazza)
リスポリ(撮影Giorgio Mazza)

 マイク・リスポリ(米フリープレス「ニュース・ボイセズ・プロジェクト」のディレクター):フリープレス(2003年創設)は、メディアとテクノロジーを人々をエンパワーするために使う運動組織。ネットの中立性やブロードバンドのアクセスについての運動を行っている。

 「ニュース・ボイス(ボイセズ)」と言うプロジェクトは、2015年、地方のジャーナリズムを活性化させるため、ニュージャージー州で生まれた。

 アメリカではよくジャーナリズム祭で地方のジャーナリズムをどうするかの議論があるという。

 ニュース・ボイセズ・プロジェクトはこの文脈の中で生まれ、コミュニティーをどうやって活性化させていくかについて、イベントやワークショップを開いている。

 米国の地方紙業界は崩壊の危機に瀕しており、ニュージャージー州でもその状況に変わりはなかった。大手放送局が隣接州にあり、ニュージャージー州に限ると地方ジャーナリズムはほとんど砂漠状態。

 まず、プロジェクトでは地元の人にどんな情報やニュースが必要かと聞いた。州内の新聞関係者、メディアの専門家にも話を聞いた。

 その結果、市民のための情報法案を考えた。これによって助成金管理のファンドを作り、地元コミュニティーでこの資金を共有できるようにした。

 「ある地域ではデジタルのスタートアップのためにお金を使う、ほかの地域ではテクノロジーのために、あるいはニュースのリテラシー向上のプログラムにお金を使うかもしれない」。

 2017年、こうした法案実現のために州内の市民が1000人規模で参加した。プロジェクト側が企画したイベントに集まって、ニュースの編集者や法律専門家に手紙を書いたという。次第に機運が高まり、政治家も協力するようになった。

ニュース・ボイセズ・プロジェクトのウェブサイトから
ニュース・ボイセズ・プロジェクトのウェブサイトから

 「政治家がジャーナリズムを助けるとは珍しい。しかし、有権者の要求に応える必要があった」。2018年、法案は可決された。

 ニュース・ボイセズ・プロジェクトは、この法律に沿ってより良いメディアを作るという目的を実現するためのインフラ作りに力を入れている。

 「州民がこれほどニュースの将来について関心を持っていたとは知らなかった」、「ニュースの編集者側は、オーディエンスを単にニュースの消費者としてみてはいけないと思う」。

 ニュージャージー州の試みは、2017年にノースカロライナ州、今年に入ってフィラデルフィア州に広がっている。

英BBCが地方ニュースを支える

右端がプレスト(撮影Giorgio Mazza)
右端がプレスト(撮影Giorgio Mazza)

 ビクトリア・プレスト(英BBCのローカル・デモクラシー・レポーティング・サービス所属):「ローカル・デモクラシー・レポーティング・サービス」とは、BBCと地方のジャーナリズムが協力するプロジェクト。去年の初めから始まった。

 3本の柱がある。

 まずBBCはアーカイブ映像を含む巨大なコンテンツを持っているが、これをパートナーとなった地方メディアが使えるようになる。

 2つ目の柱がデータジャーナリズムで、データジャーナリズムのスキルを地方メディアのジャーナリストに教える。公的なデータを使ってどのような物語を語ることができるか。公益目的のジャーナリズムとは何か、など。

 3つ目の柱が、ローカル・デモクラシー・レポーティング・サービス。144人のBBCのジャーナリストがイングランド地方、ウェールズ地方、スコットランド地方のメディアに配置され、記者として働く。ほか数人が年末までに北アイルランド地方のメディアに配置される予定。派遣されたBBC記者の給与はBBCが払う。

 配置されたBBC記者は地方自治体、警察、消防署、健康医療サービス(NHS)を取材し、地方自治体が制作する資料に目を通す。資料は地方議会の議事録であったりする。議会も取材する。「その地方で政治家が物事を決定するとき、その場所にジャーナリストがいるようにする」。

 取得した情報は、パートナーとなった地元メディアと共有する。BBC、地方紙、そのライバルとなる地方紙も含む。ハイパーローカルなブログ、民間のラジオ放送がこれに入る場合もある。

 パートナーになっているのは、大小含めて100だが、この中には英国の地方紙発行大手3社も入るので、約850のタイトルが含まれ、これは地方新聞市場の75%を占める。昨年以降、春までに約6万本の記事が発信された。

 このプロジェクト開始のきっかけは、英国の地方紙市場の困窮だ。「2017年の統計によると、過去10年間で約300紙が廃刊となった。同じ間に発行部数は50%減っている」。

 「廃刊が続くと、地方自治体の政治を監視する人がいなくなる。権力の監視、詮索をする機能が十分に働かなくなる」。

 BBCは視聴家庭から徴収するテレビライセンス料(日本のNHKの受信料に相当)で国内の運営を賄っている。「今回のプロジェクトの新しさは、パートナー間での協力だ。広い意味で地方のニュース市場が一緒になっている。ライセンス料を使いながら、異なる形のジャーナリズムを実践している」。

 

ローカル・デモクラシー・レポーティング・サービス(BBCのウェブサイトより)
ローカル・デモクラシー・レポーティング・サービス(BBCのウェブサイトより)

 

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 (ジャーナリズム祭の報告から、最終回はドイツのスタートアップ「コレクティブ」の戦略を紹介します。)

 

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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