番組同時配信サービスが普通になったら・・・ 英国で、刻々と動くニュースを追ってみた

BBCのネット視聴サービス「iPlayer」の画面(BBCニュースのサイトより)

 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」4月号の筆者記事に補足しました。)

 3月5日、NHKの全テレビ番組を放送と同時にインターネットで配信する放送法改正案が閣議決定され、国会に提出された。メディア界の一部では、NHKの肥大化を懸念する声が出ているという。

 現行の放送法でNHKがネットで同時配信を行えるのは、災害報道やスポーツ中継のみ。2020年東京五輪・パラリンピック開催を見据え、年度中の実施を目指していると伝えられている。

 英国では、現在までにBBCを含む主要放送局が常時同時配信を行っている。過去の番組を再視聴できる「見逃し視聴(キャッチアップ)サービス」も含めて原則無料で提供されており、インターネット視聴も可能なので、ネットに接続していれば「いつでも」「どこでも」「どの端末でも」番組コンテンツを視聴できる環境がある。

 その法的根拠やどのように使われているかについて、ニュースの消費状況を中心に紹介してみたい。

放送と通信の融合

 2003年、電気通信及び放送サービスの在り方を規定する「放送通信法」が成立し、この中で「放送通信庁(Office of Communications)」(通称「オフコム」)が規制・監督を行う組織として新設された。

 放送通信法はいわゆる「放送と通信の融合」を象徴する。BBCを例にすれば、テレビやラジオで番組を放送するばかりか、ネットではニュース情報や動画を配信し、「放送」と「通信」の両方にまたがるサービスを展開している。インターネットの普及を背景にしたメディア環境の激変を反映したのが、この放送通信法と言えよう。

 英国で放送局による番組コンテンツの同時配信が実現したのは、10年ほど前だ。

 テレビ番組視聴の際にはNHKの受信料にあたる「テレビ・ライセンス料」を支払う必要があるが、通信法の詳細を定める「通信(テレビ・ライセンシング)規制」(2004年)は、対象となる「テレビ受信機」をインターネットやそのほかの方法での「放送・同時配信を受信できる装置」と規定している。この「受信機」にはPCやタブレットなども含まれると解釈されている。

 2006年から主要放送局の1つチャンネル4が見逃し番組の視聴サービスを開始し、BBCも2007年には本格的にこのサービスを提供した。翌08年、BBCは放送と同時の番組配信を始め、放送界で同時配信が常態化していく。

 こうした市場の変化を踏まえて、2016年、先の「通信(テレビ・ライセンシング)規制」が改正され、テレビ受信機が「受信」するサービスの中に「BBCが提供するオンデマンド・サービス」が付け加えられた。オンデマンド・サービスには見逃し番組の視聴サービスも含まれる。

 BBCはオンデマンド・サービスや同時配信サービスに対し、ライセンス料の支払い者となる視聴家庭に追加の使用料の支払いを求めていない。ただし、ライセンス料を支払っていることが前提であり、テレビ受信機を持っていなくても視聴できる媒体を持っていれば、支払い義務が生じる。

 PC、スマートフォン、タブレットなどでBBCの番組を視聴する場合、画面上でライセンス料を払っているかどうかを聞かれる。また、ログインIDを作る必要がある。BBCは後者を「利用者のし好にあったサービスを提供するため」と説明している。

24時間報道の生態圏と同時配信

 さて、具体的にはニュースはどのように発信されているのか。

 3月中旬、筆者が英国の欧州連合(EU)からの離脱を巡る議会の動きをどのように追ったのかを振り返ってみたい。

 3月12日、英国の離脱日(予定は同月29日)を間近に控え、英下院は紛糾した。昨年11月にメイ首相とEU側が合意した離脱条件を決める「離脱協定案」の修正版の採決を取るため、数時間にわたり、議論が続いた。

 議論の流れを追うため、筆者はPC上でBBCのニュースサイトからテレビ番組視聴アプリ「BBC iPlayer」を開き、ニュース専門チャンネル「BBCニュース」を見た(テレビをつけて、BBCニュースのチャンネルを見ることもできた)。画面には、前日深夜、最終交渉のためにフランス・ストラスバーグに出かけたメイ首相の疲れ切った姿があった。

 筆者は、PCがある部屋から出て台所でコーヒーを沸かす間、スマホの同じアプリで同じ番組を視聴し、議員らの発言を聞き続けた。

ライブ・ブログで情報を収集する

ガーディアン紙の政治ブログ(ウェブサイトより)
ガーディアン紙の政治ブログ(ウェブサイトより)

 テレビと同時に、BBCや大手新聞社が立ち上げる「ライブ・ブログ」にも目をやった。それぞれの記者数人が、議論の要点やほかの政治家の言動、コメンテーターの評価などを時系列に記していく。著名なブログが、ガーディアンのアンドリュー・スパロー記者による政治ブログだ。

 海外から、ツイッターで議論に「参加」する人もいる。例えば、修正案の採決直前には、EUの交渉担当官ミッシェル・バルニエ氏が英国の議員らに慎重な対応を求めるというツイートを発信。これをライブ・ブログが拾い、これにまたコメントがついていく。

議会前で人の話を聞く

 午後7時の採決になったため、議論はまだ続いていたが、筆者は夕方、議会前の広場に集まるEU離脱派、残留派の市民の声を拾うために家を出た。

 電車に乗っている間や広場で市民に声を聞く合間に、スマホでツイートをチェックし、ライブ・ブログで議論の進展を確認する。ここでも見ようと思えば、先ほどのアプリで議論の生中継を視聴できる

テレビでも視聴

 帰宅後、今度は居間にあるテレビを先ほどのBBCニュースのチャンネルに合わせ、採決結果を追うと同時に、スマホ上ではライブ・ブログでの識者のコメントを読んだ。もう一度聞きたい表現があった場合は、生番組をリモコンを使って「巻き戻し」ができる。

 これは自分だけの特別の視聴方法ではなく、例えば特定のスポーツに関心がある人は試合の実況中継や関連ツイートを熱心に追っていることだろう。

 英国メディアのジャーナリストはツイッターを頻繁に使うので、ツイッターを追うだけでもいろいろなことが分かってくる。

 大きな事件・事故があったとき、人々はテレビばかりか、ネットで情報を常時探す。

 英国では、テレビ、ラジオ、PC、タブレット、スマホなど媒体を選ばず、常時番組コンテンツに切れ目なくアクセスする生態圏が出来上がっている。

 ニュースに関しては、1990年代後半以降、「24時間ニュース・チャンネル」が存在し、「切れ目ない」報道の生態圏に向かってすでに舵が切られていたということも押さえておく必要があるだろう。

 今はそのようなチャンネルが複数あり、ネットでも視聴できる。例えば、BBCニュース・チャンネルのほかに、スカイニュース、英国発以外では、「フランス24」や「アルジャジーラ」(それぞれ複数言語版がある)など。

なぜ、同時配信が必要か

 英放送業界が同時配信をせざるを得なくなった理由として、メディア消費環境の変化がある。

 オフコムの調査「メディア・ネーションズ 2018」(3月発表)によると、英国でテレビ受信機で番組を視聴する人は、年々減っている。2018年上半期で、1日当たり平均視聴時間は3時間16分(前年同期比4・9%減)だったが、若者層(16歳から34歳)では特に低下した(12%減、1時間51分)。

 代わりに増えているのが放送局以外、例えばユーチューブやネットフリックス、アマゾンプライムなどが提供するコンテンツだ。

 つまり、視聴者がネットに移動したので、これに合わせて放送局もネットに移動した。

 ライバルはユーチューブやネットフリックス、アマゾンプライムになるので、BBCを始めとした主要放送局は、シリーズ物の番組の場合、すべての回がまとめて見られる「ボックスセット」形式での配信を始めている。

 BBCと民放最大手ITVが協力して、新たなオンデマンド視聴サービスを提供するための話し合いも進めている。

 国内の放送局にとって、潤沢な資金をかけて作品を制作・配信するネットフリックスやアマゾンに「勝つ」ことが重要となっている。

負の影響は?

 放送局による同時配信が新聞メディアに悪影響を与えるのかどうかについては、十分な調査が行われていないが、ニュース報道におけるBBCの地方紙・地方テレビへの圧迫問題については、これまでにも指摘されてきた。

 ジャーナリズム業界の今後を考える調査報告書「ケアンクロス・レビュー」(2月12日発表)によると、ネットで無料のニュースがあふれ、人々のメディア消費の動向が大きく変わる中、新聞、放送、ニュースサイトなどで働くジャーナリストの数が減っている。2007年の2万3000人から17年の1万7000人という下落傾向に、歯止めがからないという。

 全国紙の発行部数は1日平均1150万部(2008年)から580万部(18年)に転落し、地方紙も6340万部から3140万部と半分以下となった。

 英国民がニュースにアクセスする媒体として最も大きな位置を占めるのはテレビで、最も頻繁にアクセスするニュースサイトはダントツでBBCのニュースサイトだ。

 「レビュー」は、オフコムに対し、BBCがほかのニュースメディアのビジネスを阻害していないかどうかの調査を開始するよう、提案している。