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英国で高騰する大学授業料 「出世払い」を導入したが、重圧に苦しむ学生たち

小林恭子ジャーナリスト
大学入学につながる試験の結果に一喜一憂する若者たち(写真:Shutterstock/アフロ)

 (「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 日本では、大学学費の無料化に向けて文部科学省の有識者会議が検討を続けています。住民税非課税世帯(年収250万円未満)の高校生らが大学などに進学する際に、国立大は授業料を免除し、私立大などは授業料の一定額を支給することを目指しているそうです。

 これまでに、様々な論点が出ています。

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 英国の中でも人口の大部分を占めるイングランド地方では、かつて大学の授業料は無料でした。でも、進学率が上がっていく中、国民全員から集めた税金で学費を賄うのが段々苦しくなってきました。そこで授業料を導入したのですが、学生の間では無料に戻そうという運動が発生しています。

 イングランド地方の大学の授業料問題は政治問題化しています。

 昨年6月の総選挙で、野党・労働党が上限額が年間9000ポンド(約139万円)となっていた大学の授業料を「撤廃する」と掲げたことがきっかけの1つです。これが若者層に強くアピールし、労働党の得票に大きく貢献したと言われています。ただし、選挙後の7月、コービン労働党党首はBBCの取材に対し、学生が抱える負債を「減らすよう努力する」と言ったが「授業料を全廃するとは言っていない」と述べているのですが。

 イングランド地方では大学の授業料を一旦、国が負担し、卒業してから所得に応じて返済する「出世払い」が導入されています。英国の大学(その大多数が国公立)の授業料体制と問題点に注目してみましょう。

地方によって異なる、大学の学費制度

 

 まず、英国では地方によって授業料の上限の金額が異なります。

 イングランド地方の大学では、昨年秋の新学期(日本では新学期は4月ですが、英国では9月からになります)から学費の上限が年間9250ポンドになりました。スコットランド地方では上限が1820ポンドですが、自治政府が授業料を肩代わりする形で、スコットランドの学生及び欧州連合(EU)出身者は無料で勉強できます。

 北アイルランド地方の上限は4030ポンド、ウェールズ地方では9000ポンドです。ただし、それぞれの地方以外の出身者は上限が9250ポンドになります(ウェールズのみ、9000ポンド)。

 以下、イングランド地方の大学の授業料を中心にこれまでの経過を見ていきましょう。

 元々、大学授業料は1997年まで無料でした。全額を税金でカバーしていたのです。でも、大学進学率が上昇し(現在約40%)、大学側も最高の設備と教授陣をそろえるため、授業料値上げを望むようになりました。そこで、まずは上限1000ポンドまでが課されることになったわけですが、これでは十分ではありませんでした。2006年に上限3000ポンドに引き上げられ、12年には9000ポンドに。そして、インフレ率の上昇を反映して、昨年秋からは9250ポンドにまで上がってしまったというわけです。

 学生は、入学時にこの金額を払うわけではありません。在学中は払わず、卒業後に「授業料ローン」と「生活費援助ローン」を返済する仕組みとなっているからです。いわゆる「出世払い」です。

 日本でも、自民党原案では卒業後に所得に応じて一定割合を徴収する出世払い制度を想定しているということです。

 英国に話を戻しますと、出身家庭の貧富の差にかかわらず高等教育の場で学ぶ道を確保するための仕組みとして考案されたのが、この出世払いです。しかし卒業後に大きな負債を抱え込むことになり、学生にとっては気が重い体制になりました。

 ローンの金利は現在6.1%で、シンクタンクの財政問題研究所(IFS)の試算によりますと、3年間の学部課程(注:英国では学部課程は4年ではなく3年)を終えた学生は5万800万ポンド(約765万円)の負債を抱えることになるそうです。卒業生がローンの返済を開始するのは年収が2万1000ポンド(約316万円)を超えた時点で、所得から一定額が差し引かれてゆきます。30年間支払うと、残金がいくら残っていても支払いは不要となります。

 卒業した時点で約765万円の負債があるのは、つらいですよね。いくら返すのは後で良いと言っても・・・。それにやっと300万円を超える年収に達したかと思うと、今度は返済が始まるのですから、たまりません。

 1980年で大学入学者は6万8000人いましたが、昨年秋では50万人以上に増えました(ちなみに、英国の人口は日本の約半分です)。これからも大学進学率は上昇する見込みで、インフレ率とともに授業料は上がるため、卒業後の負担が学生の肩に重くのしかかってゆきます。IFSの試算によれば、学生の75%がローンの全額を返済せずに終わるそうです。

 仮に授業料を撤廃したとすれば、その分は税金で賄うことになりますが、大学に進学せず低所得の職に就いている人が、自分よりも高い報酬が得られる職に就くことが確実な大学生の授業料を負担する体制は、社会の公正さという面から見て、どうでしょうか。大学に行かずに低賃金で働いてきた人は、「自分にとって恩恵がない」、「何故低賃金の自分が、大学卒業後に高賃金の職に就ける他の人のためにお金を出さなければならないのか」と不満に思うかもしれません。

 学費撤廃後に税金で負担する金額は最大で110億ポンドにも上ると言われています。授業料をどのように誰が負担するべきなのか、2020年に予定される次期総選挙に向けて大きなテーマの1つになっています。

 さて、日本はどうなるでしょう?

 

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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