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トルコで警官9000人が停職処分 -クーデター未遂後の言論状況をジャーナリストたちが語る

小林恭子ジャーナリスト
トルコのメディア状況について話すハーマン氏(右、撮影IJF)

昨年7月の軍関係者による クーデター未遂事件以降、トルコでは大量の国民が逮捕、解雇あるいは停職処分となっている(事件の概要については外務省の「内政」の項目を参照のこと)。BBCなどによれば、これまでに逮捕されたのは兵士、警官、教師、公務員などの約4万人。解雇ないしは停職処分を受けたのは12万人に達したという。人口約8000万人の国だが、万単位の逮捕、解雇や停止処分者の数に驚かない人はいないだろう。

これに追い打ちをかけるように、4月26日、トルコ警察は反体制勢力とつながりがあるとして警官9000人以上を停職処分とした。このほかに1000人以上が拘束された。

トルコのエルドアン大統領は、クーデター未遂事件には米国在住のイスラム指導者ギュレン師が背後にあると断定している(ギュレン師は否定)。今回の一斉検挙について、ソイル内相はギュレン派を対象としたと述べており、今後もこうした措置を続けるという。

現在非常事態宣言が敷かれているトルコで、言論の自由はどうなっているのか?

今月上旬、イタリア・ペルージャで開催されたジャーナリズム祭でトルコ人ジャーナリストたちがその状況を詳しく語った。「トルコ -言論のブラックホール」と題されたセッションの様子(議論の抜粋)を伝えてみたい。

「トルコ -言論のブラックホール」のセッション
「トルコ -言論のブラックホール」のセッション

ヤブズ・ベイダー氏(トルコ出身、フランス在住):独裁国家になりつつある国でどんなことが起きるのか。トルコはその実験場になっている。それぞれのパネリストから状況を語ってもらいたい。

まずはトルコ在住のギュルシン・ハーマン氏だ。「国際新聞編集者協会(IPI)」のトルコ支部にいる。この支部長で理事の1人だったカドリ・ギュルセル氏は投獄中だ。今日(4月6日)で152日目となった。

トルコのジャーナリストは宙ぶらりん状態だ

ギュルシン・ハーマン氏:このセッションのテーマは「ブラックホール」だが、実際にはトルコのジャーナリストは宙ぶらりんの状態に置かれている。

ちょうど1年前、ギュルセル氏はこのジャーナリズム祭に来ていた。「トルコではジャーナリストが殺されることはなくなった。今はジャーナリズムが殺されている」と発言した。

彼は152日間投獄されているが、起訴状が出たのはほんの2日前だ。内容は虚偽だ。彼も宙ぶらりんの状態だ。釈放されるかどうかは、トルコの政治状況によるからだ。16日には大統領の権限を強化する提案について国民投票がある(注:賛成派が勝利した)。ギュルセル氏は接見した妻に「私がここにいるのは、(反対勢力を抑える必要がある)国民投票があるからだ」と答えたという。

政府の政策を批判するジャーナリストは投獄される。ギュルセル氏が投獄されているのは政府を批判したからだと思う。

「宙ぶらりん」というのは、何が犯罪で何が犯罪ではないのかが分からなくなっているからだ。ソーシャルメディアで批判的発言をしたり、風刺画をシェアすれば「犯罪」なのか。このようなパネルで発言をすることがそうなるのか。トルコにいて、海外メディアの特派員として働いたら罪になるのだろうか。特派員はしばしば、オンラインハラスメントにあっている。

最悪は自己検閲

トルコのジャーナリストは5つの分類のいずれかにいると思う。

1つ目は投獄されている。2つ目は職を失っている。真夜中に緊急法令が出され、朝起きると自分が働いていた職場が閉鎖されていたことを知る。3つ目は自己検閲だ。これが最も悪いかもしれない。内部化され、取り除くのは不可能だ。自分の1部になっているからだ。

4つ目は海外メディアで働くこと。「裏切者」などオンラインハラスメントにあう。5つ目は独立メディアで働くこと。訴追されたり、当局の捜査対象になったりする。

投獄中のジャーナリストたちはハガキを受け取ることさえできない。そこで私たちは連帯を示すために抗議のポスターを作り、複数の新聞に掲載してもらった。

教訓は何か?まず、1つ目はこんな状況が普通のことにはしないことだ。何がだめで何がいいのか、憲法を基に明確にすること。2つ目は読者・視聴者に対し、ジャーナリストは公のために存在していることを知ってもらうこと。ジャーナリストが攻撃されるということは、市民の権利が攻撃されていることを意味する。情報にアクセスする権利だ。ジャーナリズムはエリートのためにあるのではなく、あなたのために存在している。

私が後悔するのは、何年も前にジャーナリズムの意義を市民に十分に納得してもらうことができていなかったことだ。

釈放後、再逮捕も

ベイダー氏 撮影 International Journalism Festival
ベイダー氏 撮影 International Journalism Festival

ヤブズ・ベイダー氏:トルコでは、メディアと司法が攻撃の対象になっている。現状は「法の支配」がない状態だ。例えばこんな風に事が進む。

ある日、25人のジャーナリストが逮捕・勾留された。公判が終了し、投獄されていた15人が釈放される見込みとなった。家族が刑務所の前に集まり、出てくるのを待っている。しかし、刑務所の門は開かなかった。15人全員が新たな容疑で再逮捕されたからだ。例え刑務所から釈放されても、警察が拘留する。トルコには非常事態宣言が敷かれているからだ。

IPIなどの調査によると、投獄されているジャーナリストは150人を超える。世界中で投獄されているジャーナリストの62%に当たるという。

トルコにはテレビ局が240あるが、政府を批判的な報道をできるのは1-2局しかない。新聞も粛清されている。90%のトルコのメディアは直接的あるいは間接的に政府の影響下にある。

こんな中で、外国人ジャーナリストはどのように取材を行っているのか。

イタリアの「ラ・スタンパ」紙に寄稿するマルタ・オッタビアニ氏の話を聞こう。同氏はエルドアン大統領についての本を書いたジャ―ナリストだ。

事件ですべてが変わった

オッタビアニ氏
オッタビアニ氏

マルタ・オッタビアニ氏:2003年から13年まで、トルコで生活していた。トルコで外国人ジャーナリストとして働くことは容易ではなかったが、2013年までは怖いことはなかった。今は恐ろしいと思い始めている。それは、昨年夏のクーデター未遂事件以降、すべてが変わったからだ。

外国メディアは当局との関係で苦労する。ジャーナリストは仕事に直接関連して投獄されるわけではない。テロリズムやテロリズムのプロパガンダを行ったということで投獄されてしまう。

正直に言うと、このジャーナリズム祭の後でトルコに再入国できるかどうかも分からない。確実なことがない。

記者証ももらいにくなった。街中で撮影しているだけでも当局から質問を受けることもある。

でも、最大の問題は、外国人ジャーナリストに対するトルコ国民の態度がすっかり変わってしまったことだ。

最初に私がトルコに行ったとき、トルコの国民は外国人ジャーナリストに疑り深い態度を見せたが、今は怒りの感情をぶつけてくる。

エルドアン大統領は反EU、反西欧の姿勢を露わにしており、これが市民の態度に現れているのだろうと思う。国民投票に向けて在ドイツや在オランダのトルコ住民の支持を得るため、大統領はドイツやオランダをひどい表現を使って罵倒した(注:ナチズムと関連付けた)。反EU感情を作り上げるためだったと思う。

クーデター未遂事件以降、多くの商店街の経営者が当局への情報通報者になった。インタビューを行うのは非常に難しい。話を聞けば、すぐに警察に通報され、警察官がやってくる。

携帯電話での会話やツイッターなどソーシャルメディアの活動も細かく監視されている。

私が愛するトルコがこんなにも急速に変化している。解決策が見えない。

外国人ジャーナリストは「敵」と見られる。邪魔な存在だ。これからも仕事は続けるが、非常にやりにくくなった。

トルコは今、「ポスト真実」(真実を重要視しない状態)にいると思う。

ベイダー氏:最後に、オランダ・アムステルダムに長く住むトルコ人ジャーナリスト、エフェ・ケレム・ソゼリ氏に聞いてみよう。

ツイッターにアカウント閉鎖依頼が続々と

エフェ・ケレム・ソゼリ氏:トルコの監視状況を調べている。半年ごとのスナップショットを記録し、トルコの表現の自由度を測っている。

2015年、エルドアン大統領は各地でツイッターへのアクセスを遮断した。これは前年に地方選があり、汚職についての情報がツイッターで氾濫したからだ。

ソゼリ氏 撮影 International Journalism Festival
ソゼリ氏 撮影 International Journalism Festival

14年の地方選実施前、警察内のある人物が汚職疑惑について情報をリークした。エルドアン氏やその家族、内閣にいる人物が関与していることを示唆する内容だった。政府側は、ツイッターで情報が流れたので閉鎖することで情報の拡大を防ごうとした。アカウントの閉鎖数は年を追うごとに増えた。

ツイッターでなくても情報は取れると思うかもしれないが、ほかの情報源となる既存のメディアが政府批判をしない状況にあるので、ツイッターが重要だった。

ツイッターから得た情報とトルコの裁判所の閉鎖命令などの情報を基にすると、閉鎖されたあるいは一時保留状態となったアカウントは2014年で2000を超え、15年は5000近くとなった。

また、下の画像は内容の削除依頼が出されたアカウントの数だ。赤がトルコで青が世界の残りの地域だ。いかにトルコが突出しているかが分かると思う。

削除依頼が出されたアカウントの数 ソゼリ氏作成
削除依頼が出されたアカウントの数 ソゼリ氏作成

トルコ政府は削除の実施を非常に効果的に行うことができる。それは法の支配が大きく下落しているからだ。裁判所からの命令だといえば、閉鎖・停止はしやすくなる。市民が苦情を言っても、逆に挑戦されてしまう。

最初の頃はツイッター側の弁護士が上訴し、裁判所の命令を覆す場合があった。しかし、「ツイッター・トランスペアレンシー・リポート」によると、覆す比率がどんどん低下した。1か月ほど前に出たリポートではゼロになっていた。裁判所の命令が政府・当局の命令と同じになっている。

トルコ当局は、「このアカウントはテロのプロバガンダをしている」として、閉鎖を要求する。私はこうした動きを非常に細かく追っているが、ツイッターの利用規則に違反しているとされるアカウントは実は(トルコ内の少数民族)クルド人の運動家が投獄中の指導者を批判しているだけだったりする。

団結するジャーナリストたち

明るい話題も入れたい。粛清で職を失ったジャーナリストたちが団結し、クルド人が多く住む南東部で取材・リポートしている。このプロジェクトは「ニュースウオッチ(Haber Nobeti)」と呼ばれている。ツイッターでアカウントが閉鎖されたら、別のアカウントを作ることで対抗もできる。国際的な支援も必要だと思う。

Haber Nobetiのサイトから
Haber Nobetiのサイトから

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会場からの質問の時間となった。

Q: クーデター未遂事件の実行者は?

オッビタアニ氏:まだ疑問点が多い。公式にはクーデター未遂時間の背後にはギュレン師がいたことになっている。しかし、2010年までエルドアン氏とギュレン師は同士だった。二人の間で対立が発生し、どちらが支配権を握るかの話になった。

ドイツやEUでは、実はエルドアン氏が仕組んだものだったという説がある。(事件は7月15日午後9時頃に発生したが)当日の午後4時頃には警備幹部がクーデターが起きることを知っていたという。少なくとも、エルドアン氏の右腕的存在は知っていたのだ、と。

すぐには誰がクーデターを起こそうとしたのかは分からないだろう。

ーなぜエルドアン氏の支持が高いのか。

ハーマン氏:エルドアン氏は過去15年間、権力の座にいる。この間に支持を固めるための非常に強力な機械を作ったのだと思う。プロパガンダや情報操作の方法を向上させた。と言っても、彼が登場する前のトルコは民主主義の天国ではなかったが。

トルコの二つの勢力(注:「軍や司法関係者に多い世俗主義者とその支持者」と「エルドアン氏が党首となる親イスラム政党AKPを支持する人々」)の分断をうまく利用したのだと思う。

ーエルドアン氏は当初、世俗主義を重要視すると言っていた。変わったのか?

オッタビアニ氏:改革者の役を演じていただけだと思う。

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セッションに参加して

何とも気が重くなるセッションであった。開催日は大統領の権限を強化する国民投票の10日前。パネリストに後でどう思うかを聞いてみた。「世論調査では賛成派と支持派が半々だ」、「賛成されたら、さらに締め付けは厳しくなるだろう」という声が出た。

様々な情報が錯綜する中、未遂事件の背後にいたのがギュレン師なのかどうか、今回拘束された人々が本当にギュレン師の関係者なのか、現時点では分からない。

国民投票は賛成派が約51%、反対が約49%で僅差となった。最大都市イスタンブール、首都アンカラ、大都市イズミールでは反対票が上回った。熱狂的なファン層を持つと言われるエルドアン大統領。死刑を復活させたいという発言もしており、50年以上にわたりトルコにとって悲願となってきたEUへの加盟の夢は現時点ではほとんど消えたようだ(しかし、英国内では「それでもトルコを入れることを考慮するべきだ」という政治家もいる。英国自身はブレグジットでEUから抜けてしまうけれども)。

反対勢力を徹底して排除しようとするエルドアン氏。逆に国内に不満の種を募らせるだけのようにも見える。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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