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英国で6月8日に総選挙 -ブレグジットに向けて国を一つにまとめるのが狙い

小林恭子ジャーナリスト
官邸前で総選挙実施の意向を発表するメイ首相(写真:ロイター/アフロ)

欧州連合(EU)からの離脱(=「ブレグジット」)を昨年6月の国民投票で決定した英国で、6月8日下院選挙が行われることになった。メイ首相が18日、官邸前で選挙実施の意向を明らかにした。

実施理由について、メイ首相は次のように語った(抜粋)。

「昨年夏、英国はEUを離脱する決定を行った」、英国には「確実性、安定性、強い統率力が必要だー私が首相になってから、政権はまさにこれを実行してきたと思う」。

EU離脱という国として重要な事態に英国が直面する今、政界は「分裂している」。最大野党労働党は「離脱に向けてのEUとの最終合意に反対すると脅し」、「自由民主党は政府を機能停止するまで追い込むと述べている。スコットランド国民党はEU加盟を無効にする法案に反対票を投じるとしており、上院もあらゆる局面で政府案に抵抗すると明言している」。

政界の分裂は「ブレグジットの成功を危ういものにし」、英国に「不確実性、不安定さをもたらす」。

そこで、下院(任期5年制)では次の選挙は2020年に予定されていたものの、今すぐ選挙を行い、国が一つにまとまったところでEUとの交渉にあたることが最善の策という結論に達した、という。

19日、議会で総選挙の可否を採決する予定だという。下院の3分の2の支持が必要になるが、すでに労働党、自由民主党は賛成票を投じる意思を明らかにしている。

6月8日の選挙は、メイ首相(保守党党首)にとって絶妙なタイミングで行われる。すぐにも政権交代ができるほどの野党は皆無の状態だからだ。

前回の下院選(2015年5月)で、労働党、そして2010年から保守党と連立政権を担っていた自由民主党は大きく議席を減少させた。労働党は左派系ジェレミー・コービン氏が党首となったが、労働党議員の間で特に支持が低い。党内では足の引っ張り合いや「コービン降ろし」が発生し、2度も党首選を行う羽目になった(どちらもコービン氏が勝利)。

メイ氏が保守党党首になったのは昨年、7月中旬だ。前首相はキャメロン氏。EU加盟残留か離脱かをめぐる国民投票で残留派を率いていたキャメロン氏は、残留派が負けたことで辞任を選んだ。

この後党首選となったが、党首選開始から間もなくして対立候補となった女性による失言が発覚し、この女性は党首選レースから去った。そこで、メイ氏は誰とも競うことなく保守党党首となり、同時に新首相の座を手中にした。

メイ氏に対し、「国民が選んだ首相ではない」という批判が出ていた。

元内相のメイ氏は慎重な性格で知られる。有力野党が不在の中で、「いつでも下院選を実施し、勝てる」状態にあったが、これまでは「選挙は2020年までしない」と何度も繰り返してきた。今回の下院選実施の意向はUターンと言えよう。

保守党が21ポイント、リード

世論調査会社「ICM」が18日に行った調査によると、保守党は労働党に21ポイントの差をつけてリードしている。保守党に投票するとした人が46%、労働党は25%、自由民主党は11%、英国独立党は8%。

現時点での下院の議席数(定数650)は保守党が330、労働党が229、これにスコットランド国民党(54)、自由民主党(9)の順だ。

前回2015年5月の下院選では、保守党(331議席)、労働党(232)、スコットランド国民党(56)、自由民主党(8)の順で、そのほかの党や無所属が続いた。投票率は66・1%。得票率は保守党が36・9%、労働党が30.4%、英国独立党が12・6%、自由民主党が7・9%、スコットランド国民党が4・7%、緑の党が3・8%、そのほかが3・7%だった。

19日付の「i」紙に掲載された、2015年の総選挙後の地図
19日付の「i」紙に掲載された、2015年の総選挙後の地図

英国全体を政党ごとに色分けしてみると、スコットランド地方はほとんどスコットランド国民党(黄色)が占め、イングランド地方はほぼ全体が保守党(ブルー)。労働党(赤)はイングランド地方中部、北部が中心となっている。

世論調査は当たらないと言われているものの、もし現在の支持率をもとに総選挙の獲得議席数を予測してみると、英PA通信によれば、保守党は387議席(56議席増)、労働党は173議席(59議席減)、スコットランド国民党は56議席(変更なし)、自由民主党は11議席(3議席増)になるという。

昨年のEU国民投票では約52%が離脱、48%が残留を支持し、有権者は真っ二つに割れた。残留を主張してきた自由民主党のファロン党首をふくめ、「もう一度国民投票をするべき」、「今から心を変えても遅くはない」という声が未だに表明される。

メイ首相は反離脱の政治勢力に対して、「離脱を覆せると思ったら、やってみなさい」と挑戦状を突き付けた格好になった。

下院選の争点は、「離脱を支持するなら保守党議員」、「残留なら離脱反対の政党の議員」のいずれかを選ぶことになりそうだ。

IMFが今年の成長率を上方修正

昨年5月、残留派のオズボーン財務相(当時)と国際通貨基金(IMF)のラガルデ専務理事は離脱すれば「非常に、非常に悪いこと」が起きると警告した。しかし、まだ実際にブレグジットが始まっていないこともあって、現時点で「非常に悪いこと」は起きていない。IMF自身が英国の今年の経済成長率を1・5%から2%に上方修正している。G7の中では米国を除いて最も高い数字である。といっても、本当に離脱した後に、経済及び政治外交上に不利益が生じないとは限らないのだが。

総選挙を仕掛けたメイ首相は賭けに出た、と言えよう。

総選挙までの日程は以下。

4月19日 下院で総選挙実施の動議が可決される見込み。

5月3日 下院解散。選挙戦、開始。

5月4日 地方選挙(イングランド地方、スコットランド地方、ウェールズ地方)

5月8日 総選挙の選挙戦が本格的に始まる。政党・候補者がマニフェストを公表。

5月11日 立候補の届け出、最終日

5月22日 有権者登録の最終日

6月8日 総選挙の投票日

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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