英ロンドン金融街を題材に「一緒に学ぶジャーナリズム」 ライエンダイク氏インタビュー

考え込んだり、笑ったり…話がはずむ(撮影:Minako Iwatake)

オランダのジャーナリスト、ヨリス・ライエンダイク氏が新刊出版で来日し、イベントを開催するそうです。

なぜ僕たちは金融街の人びとを嫌うのか?』(英治出版)は英ガーディアンで連載していたコラムを本にしたものだそうですね。

このコラムを連載中の2013年、ライエンダイク氏にロンドンのガーディアン編集部でインタビューしたことを思い出しました。4年前のインタビューですが、イベントに行けた方、行かなかった方、本に興味がある方のご参考としてここに紹介したいと思います。

オリジナルは読売新聞オンラインの連載コラム「欧州メディア・ウオッチ」(2013-2015年)に2013年7月に掲載されたものです。

考え込んだり、笑ったりと楽しいインタビューとなりました。写真はすべてMinako Iwatakeさん撮影です。

ライエンダイク氏はアムステルダム大学とカイロ大学でアラビア語と政治学を専攻しました。1998年から2003年までの5年間、オランダの新聞フォークスクラント紙、NRCハンデルスブラット紙の中東特派員として、エジプト、レバノン、パレスチナに滞在。特派員時代の体験を基に国際報道の問題点を書いた『彼らはただの人である』(原題Het zijn net mensen、2006年)はオランダでベストセラーになりました。

後、この本は数ヶ国語に翻訳され、日本語でも『こうして世界は誤解する』という題名で2011年、発売されました。

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ガーディアン内で
ガーディアン内で

「太った猫」―。英国では、銀行家をこんな風に呼ぶことがある。意味は、「自分自身は楽をしながら、不当にお金を蓄えた強欲な人たち」だ。

2008年のいわゆる「リーマンショック」とそれに続く金融危機の時期を境に、金融業界への批判が強くなった。政府が税金を使って複数の大手銀行に資本を注入する一方で、銀行経営者たちへの高額報酬が大々的に報道され、金融業界とそこで働く人々へのバッシングが広がった。

しかし、考えてみれば、金融業界に働く人全員が高額報酬をもらっているわけではない。第一、「銀行家」とは、一体どんな人で、毎日何をやっているのだろう?

そんな疑問に答えるために、2011年9月、英ガーディアン紙のウェブサイトに新たなブログができた。その名は「バンキング・ブログ」(銀行ブログ)。「銀行」とあるけれども、話は銀行だけに限らない。複雑化する金融の世界を、普通の市民が分かるように解き明かすのが目的だ。

このブログの運営を担当するのはオランダ人ジャーナリスト・作家のヨリス・ライエンダイク氏。

「金融についてはまったくの素人」で、英国人でもない、「よそ者」としてのライエンダイク氏が、人類学の研究者でもあった経歴を生かし、ロンドンの金融業界で働く人々をインタビューする。その生の声をブログに載せ、読者も、自分自身も知識を深める。2年間で「金融の専門家になる」ことを目指す、という設定だ。

ブログ開設と同時にガーディアンに掲載された記事の中で、ライエンダイク氏は金融業界に働く人に向けて、「何も知らない自分」への協力を呼びかけた。「あなたの経験について話してみませんか?」

ガーディアンの建物の中にはカラフルな椅子が置かれている
ガーディアンの建物の中にはカラフルな椅子が置かれている

次々と応募してきた

ロンドンのガーディアン紙の社内カフェで、ライエンダイク氏にブログのこれまでについて聞いてみた。

ブログ開設当初、周囲では「誰も応募してこないのでは」という懸念があったという。特に、金融業界では社内の業務についてメディアに語ることを禁じられていたり、厳しい制約がかかるからだ。

しかし、そんな懸念は杞憂だった。これまでに200人を超える人々から連絡があった。銀行バッシングを緩和したい、実像を知って欲しいという願いの強さを示すのだろう。

ブログの制作はこんな風に進むという。

ウェブサイトに掲載されている電子メールに連絡をもらうと、ライエンダイク氏は取材の時間を設定。ロンドン市内でインタビューを行い、後日、その場で取ったメモ書きを元に、一人称の話として原稿化する。この時、実名や勤務先などが判明しないように、工夫をする。原稿をいったん本人に送り、事実の間違いなどを指摘してもらう。その後、完成原稿をデスクに渡す。デスクが内容を点検し、見出しをつけて、ブログに掲載する。現在までに(2013年7月)、約90人へのインタビューが掲載されている。

ライエンダイク氏は適当な時期を見はからって、まとめ記事を出す。この「まとめ記事」をいつ出すか、そしてインタビューをどれぐらいの期間で行い、どれぐらいひんぱんに出すのかについて、固定した締め切りはないとい

内容を点検する「デスク」の話を紹介したが、原稿の整理をするという役割を担当しているだけで、この人物がライエンダイク氏の上司というわけではない。いつ何をどのように出すのかーすべてをライエンダイク氏は自分で決めている。よく見ると、ブログのタイトルは「ヨリス・ライエンダイクのバンキング・ブログ」だった。

サイト上で広がる意見交換

ブログに掲載されたインタビューは金融業で現在働く人ばかりか、妻や夫など私生活上のパートナー、周辺で働く弁護士、求人業者、広報関係者や、元金融勤務者の声も伝える。

ライエンダイク氏が最初に気づいたのは、「金融業で働く人の職種がいかに幅広いか」、「いわゆる太った猫=銀行家といわれる人はそのほんの一部だ」という点だった。

ブログの醍醐味は、現場からの生の声が掲載されていることに加え、「利用者同士の意見の交換」だ。インタビュー掲載後、サイトには読者が思い思いのコメントを寄せる。時にはインタビューされた人物がこのやり取りに入ることもある。

「高頻度取引」(短時間で、コンピューターによる自動的な株のやり取りを実施するシステム)を担当する、若いプログラマーのインタビュー記事が掲載されると、「楽をして高額の収入を得ている」などの厳しいコメントが相次いだ。これを知ったプログラマーは、再度ライエンダイク氏のインタビューに応じ、コメントの中のいくつかの論点に答えながら、「資本主義は適者生存の世界だ、自分の仕事を恥じていない」と発言した。

筆者自身が強く印象に残ったのは、2013年7月19日付で掲載された、ある投資銀行に勤務する金融マンの話だ。5月のインタビュー時点では「この仕事が好きだし、幸せだ」と語っていた人物が、その二ヵ月後、首切りにあう。突如上司に呼び出され、その場で解雇を宣言された。ライエンダイク氏の2度目のインタビューで、「まだ投資銀行は悪くない仕事だと思っている」と語っていたが、人生の悲哀がにじみ出た。

2013年9月中旬を一つの区切りとし、ライエンダイク氏はブログで学んだことを書籍化する予定だという。

ブログを通して実践中の「何も知らないこと」を基点として、読者と一緒に学ぶジャーナリズム。そのもともとの発想は、オランダでベストセラーとなった自著『こうして世界は誤解する』から来ているという。

「何が真実か分からない」と思った特派員時代

思わず話に引き込まれます
思わず話に引き込まれます

―『こうして世界は誤解する』を読むと、大学を卒業後、まもなくして中東特派員となったライエンダイク氏が、派遣された国の「普通の市民の声」を探し出すのに苦労する、という話が出てくる。独裁体制の国では、市民はなかなか外国人に本音を言わない。また、互いに相反する主張をするさまざまな利害団体があり、一つの見方に集約できない。紛争地では入国が許されず、隣国のホテルから「現地」報道を行う、という話も。「誰が本当のことを言っているのか、何が真実か分からない」と正直に書いている。特派員による報道の実情を暴露したわけだが、オランダのメディア界の反応はどうだったか?

オランダのジャーナリストたちは、「ヨリス、見事に本当のことを書いたね」とは言えない状況だった。もしそう言ってしまったら、「何故現状を変えないのか」という問いに直面するからだ。

しかし、「問題点は分かったよ」、「じゃあ、どうしたらいいんだ?」と聞かれるようになった。そこで、新しいやり方はないかと考え出した。

分からないことについて私が問いかけをし、その質問に答える過程を記事にしたらどうか、と考えた。自分が学ぶ過程、いわば「学びの曲線」を読者と共有しようと思ったのだ。

具体的には、当時私が勤務していたNRCハンデルスブラット紙のウェブサイトで、電気自動車を取り上げた。「電気自動車について私は何も知らない。毎週記事を書くので、情報を共有しながら一緒に学んでいこう」と読者に呼びかけた。

サイトに情報が収集され、1年後には、私も含めて専門家になれる。インターネットならではの、新しいジャーナリズムだと思う。

―「何も知らない」ということをジャーナリスト側が読者に明確に言うスタイルは、珍しいのではないか。

確かにそうだ。しかし、ネット時代では報道にも透明性が求められる。すべてを知っている人など、いない。ジャーナリストは知らないことがあることを正直に言うべきだ。

例えば、経済の現状や先行きを見るエコノミストたちの意見は常にばらばらだ。「この国の最も頭のよい人たちでさえも、五里霧中の状態だ」とジャーナリストは言ってもよい。正直に言ったほうが、読者は喜ぶと思う。

―例えば日本で「ゼロから始めるジャーナリズム」をやるとしたら、何ができるか?

2013年9月に始まるオランダの新電子メディア「コレスポンデント」だったら、例えば10万ユーロを使って、福島県に特派員を2年間常駐させる。ウェブサイトを作って、読者とともに、ゼロから学び、情報を蓄積する。一体、2011年の震災で何が起きたのか、これからどうなるのかを本当に簡単なレベルから始めて、記録してゆくのはどうだろう。読者とともに情報を共有しながら、進むのが鍵だ。

―ネット時代に、無料の情報が溢れている。職業としてのプロのジャーナリズムは今後も存在し続けると思うか?

続くと思う。第一、ジャーナリズムをやりたいと思ったら、それほどお金をかけずに始められる。最小限、ウェブサイトを立ち上げればいい。必要なのは制作する人への給料とサーバーの維持費ぐらい。

しかし、心配をしているのは、良い情報が埋もれてしまうことだ。せっかく重要な論考があっても、ほかにたくさんある情報の中に埋もれてしまう。

そのためにも、ブランド力がある大手メディアの存在は重要だ。多くの人に重要な問題について注意を喚起させるという役割がある。

過去数年、英国で大きな注目を浴びてきた大衆紙による電話盗聴問題を思い出して欲しい。日曜紙ニュース・オブ・ザ・ワールド(2011年廃刊)の複数の記者が、ハリーポッターシリーズの作家JKローリング氏を含む著名人や一般市民らの携帯電話の留守番メッセージを盗み聞きしていた。英国の政界、捜査当局、メディア各社を巻き込んでの大捜査となった事件だった。

この一連の事件を2009年からスクープ報道してきたのがガーディアン紙だった。強いブランド力、調査報道の歴史、大きなアクセス数を持つウェブサイトといった、大手メディアならではのパワーがなければ、実現不可能だった。

―バンキング・ブログは2年間という期限が設定されているプロジェクトと聞く。その後の予定は?

一区切りついたら、欧州のジャーナリズムを立ち上げてみたい。欧州連合(EU)があり、ユーロ圏はもう存在しているが、欧州各国にまたがる、汎欧州ジャーナリズムというのが、まだないと思う。今のところ、それぞれの国でそれぞれのジャーナリズムがあるだけだ。欧州全体にかかわる問題を考えたり、議論をするプラットフォームを作りたい。

(初出は、2013年7月、読売オンラインに掲載された筆者コラム「欧州メディアウオッチ」です。)