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独シュピーゲル誌とはどんな媒体?ー当局に容易に圧力をかけられないためにはどうするか

小林恭子ジャーナリスト
ドイツの有力雑誌「シュピーゲル」のビル(Guido Cozzi)

産経新聞が報じたところによると、ドイツのウェブサイトの主宰者でジャーナリストの二人が国家反逆罪で捜査の対象になっている。情報機関の秘密資料をネット上で暴露したことが原因だ。

この事件は、報道の自由に対する圧力の事例として広く知られている「シュピーゲル事件」の再来を思わせるという。

シュピーゲル」はドイツの有力誌だ。気骨のある報道で知られ、最近の例では2013年6月に大々的に報道された「スノーデンリークス」を扱った主要メディアの1つでもある。

2013年12月に書いた筆者のコラム「欧州メディアウオッチ」(読売オンライン)を再掲しながら、シュピーゲルとはどんな雑誌か、シュピーゲル事件とは何だったのかを振り返りたい。

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独誌支局長に聞くNSA報道の舞台裏

自分の携帯電話が外国の諜報機関によって長い間盗聴されていたーそんな驚くべき事実を知ったとき、「まさか」という思いがある女性の心をかけめぐった。

自分についての情報をスパイ機関が収集していることは想像していたけれども、「友人」が自分にそんなことをしているとは思わなかったのだ。

盗聴行為が判明したのは2013年10月だった。その後2ヶ月近くが経過しても、彼女は未だに憤慨し、裏切られたという思いを持つ。この女性は欧州で最も影響力が高いといわれる政治家、ドイツのメルケル首相だ。

米国家情報局(NSA)によるメルケル氏の携帯電話盗聴疑惑をいち早く察知したのは、ドイツ最大のニュース週刊誌「シュピーゲル」(本社ハンブルク)だった。

質の高い調査報道で知られる同誌は英ガーディアン紙、米ニューヨーク・タイムズ紙などとともに、元米中央情報局(CIA)職員エドワード・スノーデン氏からのリーク情報を元に、NSAや英政府通信本部(GCHQ)による大規模な情報収集活動の実態を率先して報道してきた。

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シュピーゲルのロンドン支局長クリストフ・シュアーマン氏に、報道の舞台裏や国家機密と報道の自由について聞いてみた。

―どんな雑誌か?

毎週月曜日に発行されるニュース週刊誌で、1947年に創刊した。部数は週に約100万部で、紙媒体とオンライン版(1994年から)がある。

―NSA報道の担当チームは?

安全保障についての記事を書いてきた数人が担当している。寄稿者の1人が米国人の映像作家ローラ・ポイタス氏で、スノーデン元CIA職員が最初に声をかけたジャーナリストの1人だ。ポイタス氏を通じて、スノーデン情報を利用している。

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―メルケル首相の携帯電話盗聴はどのように発覚したのか?

スノーデン氏から得た情報を精査中に、NSAが作成した、あるリストの中にメルケル氏の電話番号を見つけた。裏づけ調査の後で盗聴の可能性が出たため、独政府に確認を取るために連絡した。その後、政府が米政府に真偽を確認し、盗聴があったことが次第に明らかになった。

―ドイツ内での盗聴疑惑についての反応は?

政治層の中には今でも怒りがある。

(2013年)6月上旬以降、NSAによる情報収集行為が報道されてきたが、ドイツの主要政治家は「どの政府もやっている」と発言し、米国への批判の声をなだめようとしてきた。「ドイツは諜報対象にはなっていない」という政治家もいた。

しかし、メルケル首相の携帯電話盗聴が発覚したことで、面目が丸つぶれとなった。同盟国同士の信頼を「裏切られた」と感じている。

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また、メルケル氏は普段、自分の感情をあまり表に出さない政治家だ。しかし、今回に限っては、公の場で怒りの思いを隠さなかった。このこと自体が多くの国民にとって驚きだった。今でも怒りは消えていないだろう。

ドイツが東西に分かれていた頃、東ドイツでは秘密警察「シュタージ」が国民の生活を細かく監視した。国家による監視・盗聴への忌み感情が強いドイツで、首相の携帯電話までもが盗聴されていたこと、同盟国と考える米国が行ったことへの強い衝撃があった。

―NSA報道にからんで、政府が報道を規制するような圧力をかけたということはあったのか?

なかった。英国ではキャメロン首相がガーディアン紙に部下を送り、スノーデン情報が入ったコンピューターのハードディスクを破壊させる動きがあったが、ドイツ政府はそのようなあからさまな形では報道に介入しない。

ドイツの報道の自由において大きな分水嶺となる事件(「シュピーゲル事件」)が、1962年に発生した。シュピーゲルはドイツの軍事力を分析した17ページに渡る記事を掲載したが、これが国家反逆罪などに当たるとして、発行人、編集長、記者たちが逮捕された。言論の自由を踏みにじるような展開に抗議する大規模デモが発生し、内閣も崩壊した。

最終的にシュピーゲル側は無罪となったが、これ以来、当局はメディアにおいそれとは手を出さない。シュピーゲルが綿密な調査を行った後に報道することも政府は知っている。

―調査班はどれぐらいの規模か?

紙媒体には事実確認のみを担当する人員が85人いる。それ以外の編集スタッフは約250人だ。ウェブサイトには専用のスタッフが150人以上いる。

―報道の自由は法律の上ではどんな定義になっているか?

憲法第5条で報道の自由が保障されている。報道する側は、個人、国家の安全保障、諜報部員の命などに損害を与えないよう、責任を持って何を報道するかを決めている。国家の安全保障に関わる問題を報道するとき、どんな影響があるのかを非常に慎重に討議する。

―1人の記者として、NSA報道をどう見たか?

スパイ活動を行っていることには驚かなかったが、米英の諜報機関が、世界中の多くの人の電子メールを読むためにこれほど大きな努力を傾けていること、インターネットを支配しようとしていることに震撼した。

―スノーデン氏によるリークをどう評価するか?

2つの点で重要だ。1つは、国民に何が起きているかを知らせたこと。どんな報道機関も自国の諜報活動の詳細な手法をテロリストに提供しようとは思っていない。シュピーゲル、ガーディアン、ニューヨーク・タイムズなどは非常に慎重に報道を行ってきたと思う。

2つ目は監視活動について監督が欠けていたことを指摘したことだ。議員さえも活動を知らなかった。国家の安全保障を維持するために、いかにしてそしてどこまで情報収集を行うべきなのか。この点について、これから議論を開始できる。これが今回の報道で最も重要な点だと思う。(2013年12月に書いた筆者のコラム「欧州メディアウオッチ」の再掲です。)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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